村上春樹がノーベル文学賞を取れない理由 そもそも本当にノーベル賞候補なのか?

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作品の性質の面からも見ておこう。ノーベル文学賞の理念は、アルフレッド・ノーベルが遺言した「理想主義的傾向のもっとも注目すべき文学作品の著者に贈る」に則っている。まれに特定の作品が対象とされていることもあるが、基本的には作家の功績全体を鑑みて授賞を決定している。

「理想主義的傾向」は、人間と自然、国家や民族、歴史などに対する洞察や想像力、精神性の深さといった要素を意味すると考えてよさそうだ。一言でいえば道徳的、啓蒙的である。1926年度デレッダ(イタリア)の授賞理由「のびのびした明晰さで故郷の島の生活を描き、深い共感をもって人間一般の問題を掘り下げた理想主義文学」が典型的だろうか。

戦後になると傾向に変化が出てきて、いわゆる前衛的な作家への授賞が増えるが、根が優等生的であることに変わりはない。ボブ・ディランへの授賞理由は「偉大な米国の歌の伝統に、新たな詩的表現を創造した」というものだった。

村上作品はノーベル文学賞の理念にマッチするか

そこで問題は、村上春樹の諸作が「理想主義的傾向」にマッチするか否かということになるわけだが、なかなか判断が難しいところだ。

春樹の小説は構造に類型がある。喪失感や虚無感を抱えた主人公が何か(ピンボールマシン、羊、ガールフレンド、妻……)を探している。世界は2層になっていて、現実と異界が接触しており、その間の行き来によって物語は推進力を得ている。異界には何か邪悪なもの(羊、やみくろ、リトル・ピープル……)が存在しており、現実世界へ侵入してくる。

オウム真理教事件と阪神淡路大震災を境に作家の意識に変化が生じ(デタッチメントからコミットメントへ、と春樹は表現している)、以降の作では、現実や歴史がより強く作品世界に取り込まれ、それまで漠然とファンタジックだった異界から来る邪悪なものも比較的リアルな輪郭を持つようになる。『ねじまき鳥クロニクル』が代表作と見なされるのは、前期と後期を繋ぐ集大成の趣きがあるからだろう。『1Q84』は後期の意識で前期の『羊をめぐる冒険』を書き直したような作である。

春樹の小説にある種の普遍性があることはたぶん間違いない。でなければあれほど世界中で読まれまい。そしてその普遍性の源はおそらく、この構造類型に求められるのではないか。

そう仮定して、では春樹の小説の構造類型に「理想主義的傾向」が認められるかと考えると、よくわからない。よくわからないが、到達度的に難しいのではないかというのが個人的な印象である。『ねじまき鳥クロニクル』では戦争を招くものが、『1Q84』では宗教の善悪両義性が「邪悪なもの」に措定されていると見ることができるが、突き詰めたとまで果たして評価できるか。

昨年の受賞者であるベラルーシのアレクシエービッチを引き合いに出し、3・11や「フクシマ」と向き合わなければ受賞は難しいとする論者もいるけれど、そんな浅薄な話でもないだろう(こういう人たちはなぜか「フクシマ」とカタカナで書く)。

「邪悪なもの」の正体を見極めたとき春樹の受賞は現実となる、とか書くとそれらしいが、勝手に妄想しているだけの話であって、まあ、こういう砂上に楼閣を建てるみたいな文章ほど書いていて心許ないものはない。

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