驚異の17歳、畑岡奈紗はゴルフ界を変えるか プロ大会で勝った女子高生ゴルファーの素顔

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2015年、世界ジュニアで会うと、サンディエゴにホームステイしているという。見知らぬ土地で日本人宅とはいえ、思い切ったことをすると感じた。そして世界ジュニア初優勝。涙を流していたのが印象に残る。井上プロは「この優勝のとき、球筋をドローからフェード(右に曲がる)に変えてきたのには驚いた。しかも飛距離を落としていなかったのがすごい」と言う。

ゴルフをやったことがある人にはわかるかもしれないが、簡単に言うとドローは強いボールで飛距離が出るが曲がりすぎてしまうことがある。フェードは曲がりすぎが少なくスコアをまとめやすい分、飛距離は落ちる。落とさずにスイングを変える「才能」を感じていたのだ。この頃、ようやく日本ゴルフ協会のナショナルチーム入りする。ゴルフ界もやっと存在に気づいた。今年7月、世界ジュニアで2連覇し、日本女子オープン優勝へとつながっていく。

ここ3年間の取材メモを引っ張り出して、印象的な畑岡の言葉を拾ってみた。

2014・4 世界ジュニア代表選抜大会北海道予選&決勝大会
「ゴルフを始めたのは小5の夏。それまで小学校では野球、中学では父の勧めで陸上をやっていました。中学生になってテレビなどでゴルフを見て(宮里藍ら)プロになりたくなった。名前がNASAなので、宇宙一を目指したい」
2014・7 世界ジュニア(最終日、8位)
「飛距離は負けていなかった。いろんな選手と触れ合えた。あまり話せないので身振りとか。英語をしっかりやりたい」
2015・7 世界ジュニア(2日目)
「日本人の方のうちにホームステイしています。ごはんがおいしくて、どんぶり2杯ぐらい食べてしまいます」
2015・7 世界ジュニア(最終日、優勝して)
「残り3ホールで4打差ありましたけど、日本ジュニア(2014年)で(勝)みなみちゃんに6打差を逆転されたので、ドキドキして少し怖かったです。優勝争いする人が目の前にいて勝てたのは初めてです」
2016・7 世界ジュニア(最終日、優勝して)
「米女子ツアーのQTを受けようと思っています。米国でやりたいという気持ちが強いです」

こうしてみると、最初から世界に興味があり、世界に出ていくように決めていたのかもしれない。父が「初の偉業を成し遂げて世界に羽ばたくように」と、月面着陸に成功した「NASA」から付けた名前のように。父によると、違う名前を用意していたが神社で見てもらってだめだったのだという。「英語だとNASAになるので、米国大使館に問い合わせて使っていいか確認しました。私が陸上小僧だったので、娘には陸上で日本人初の100メートル11秒を切ってもらいたいという願いを込めたのですが」と話していた。

野球や陸上競技もゴルフの「土台」に

畑岡の出現は、ゴルフ界やほかのスポーツ界にも影響を与えるかもしれない。タイガー・ウッズもそうだが、宮里藍や石川遼の登場もあって、ゴルフを幼いときから、幼稚園や小学校から始めさせ、ゴルフだけになることが多い。確かに、子供は吸収力が高いので、すぐうまくなって目立つ。早く始めた分、プロになるまでの費用もかかる。だが、ゴルフだけやっていると「早くできすぎる」ということもある。畑岡を見ていると「ほかのスポーツも一緒にやる、転向する」というプロゴルファーへの道が見えてくる。

畑岡は小学生時代に野球(二塁手)、中学生では陸上の短距離をやっていた。中嶋常幸の主宰するトミー・アカデミーに入ったのは中学3年のとき。野球でのバットを振る力や足の運び、陸上で鍛えた脚力が「土台」になったのは間違いないだろう。振り返ると、尾崎将司も岡本綾子も野球やソフトボールからの転向だった。ゴルフ人口はジュニアも含めて減っているが、小学生で野球やサッカーをしている子供は多い。他のスポーツをやってから中学生ぐらいでゴルフを本格的に始めても遅くないことを、畑岡が示してくれた形でもある。

10日に日本女子ツアー最年少のプロ転向を表明して、米女子ツアー出場権を得るための2次予選会(20日から)挑戦のため、畑岡は米国に渡った。会場のあるフロリダ州ではホームステイするという。「らしい」と思うとともに、物おじしないたくましさを「プロ向き」と言うのだろうと思った。

赤坂 厚 スポーツライター

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あかさか あつし / Atsushi Akasaka

1982年日刊スポーツ新聞社に入社し、同年からゴルフを担当。AON全盛期、岡本綾子のアメリカ女子ツアーなどを取材。カルガリー冬季五輪、プロ野球巨人、バルセロナ五輪、大相撲などを担当後、社会部でオウム事件などを取材。文化社会部、スポーツ部、東北支社でデスク、2012年に同新聞社を退社。著書に『ゴルフが消える日 至高のスポーツは「贅沢」「接待」から脱却できるか』(中央公論新社)。

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