戦後最大の経済事件「イトマン事件」の深奥 「住友銀行秘史」に描かれていること

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――磯田一郎(1913-1993年):住友銀行元頭取・会長で、「住友銀行の天皇」と称された。「向こう傷を恐れるな」との言葉通りの強引な収益至上主義で知られ、会長時代はイトマン事件を引き起こした。「イトマンのことは墓場まで持っていく」と沈黙を守り、1990年に引責辞任を発表したが沈静化せず、住友銀行全体の不正融資や暴力団との関係、不良債権の実態が深刻なことが次々と報道されていった。

――河村良彦(1924-2010年):商業高校から学校の斡旋により戦時中の繰り上げ卒業によって住友銀行に入行。高卒としては異例の出世をとげ、同行常務を経て、イトマン社長を務めた。

――伊藤寿永光(1945年-):イトマン元常務。イトマンが青山に東京本社を建てるための地上げが進まなかった際に、住友銀行名古屋支店が山口組の周辺者である伊藤を仲介屋として紹介したことをきっかけに、イトマンに食い込んだ。保釈・公判中の2003年3月、K1脱税事件に絡み、石井和義元社長に隠蔽工作を指南したとして、証拠隠滅罪で逮捕され、後に懲役1年6か月・執行猶予3年の有罪が確定した。

――許永中(1947年-):「日本財界のフィクサー」と言われた在日韓国人で、通名は野村永中或いは藤田永中。2012年12月、母国韓国での服役を希望し、国際条約に基づき日本の刑務所から移送されていたことが判明。2013年9月にソウル南部矯導所より仮釈放された。亀井静香や山口組の宅見勝組長など多くの政治家や暴力団と関係を持ち、また元韓国大統領の全斗煥の実弟とも交友があり、韓国政界にも人脈を持つ。株買い占めや会社乗っ取りなど大型経済事件が起こるたびに、背後にその存在が取り沙汰されてきた。

――佐藤茂(?-1994年):旧川崎財閥の資産管理会社・川崎定徳を、創業家に代わって長らく番頭役(社長)として経営した。佐藤の名前が一躍有名になったのが、住友銀行が平和相互銀行を呑みこんだ金屏風事件。この発端は、1985年に平和相銀の経営陣と対立する創業一族が、所有株式を仲介役の佐藤に80億円で売却したこと。この購入原資はイトマンファイナンスから融資されていた。佐藤は経済ヤクザの先駆けと言われた石井進・稲川会会長との関係も深く、平和相銀事件を機に竹下登元首相とも太いパイプを築き、「政財界と裏社会を結ぶフィクサー」と言われた。

イトマン事件の残影「目黒雅叙園問題」

イトマン事件は刑事事件としては2005年に結審し、許永中は韓国で保釈されて以降、行方が知れなくなっているが、今や当事者の多くが既に鬼籍に入っている。しかしながら、このイトマン事件は、今なお各所でその残影を見ることができる。 そのひとつが、目黒雅叙園問題である。この目黒雅叙園を巡る魑魅魍魎の記録は、『行人坂の魔物 みずほ銀行とハゲタカ・ファンドに取り憑いた「呪縛」 』に詳しく書かれているので、不動産に関心のある方は読んでみると良い。

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