昭和史から問う「二大政党制は終わったのか」

いまこそ甦らせたい戦前、普通選挙時代の夢と教訓

どこか、民主党政権下の保守論壇の雰囲気を思い起こさせるところだが、憲政会攻撃の先頭に立った政友会の小川平吉は、両党が連立した加藤高明内閣時の司法相で、問題の写真はその在任中に撮影されたことがわかるというオマケまでついた。

定期的な政権交代を前提とするなら、国家問題に関して一方の党のみが全責任を負うという事態は想定しえないにもかかわらず、相手を攻撃する際のみは野党根性で「純粋な批判者」を気どってしまう悪癖は、近日の原発問題にまで通じていよう。

一方、政友会の田中義一内閣が不戦条約(28年)を結んだ際には、民政党の側が「人民の名において」という条約の文言を、天皇の大権干犯だとして揚げ足を取った。これもまた「漢字の読み間違い」から「自衛隊は暴力装置」まで、無内容でも政府批判に使えるなら些細な事項をフレームアップする、近年の政局の構図は往時からと思わされる。

戦前の二大政党が見せた、学習し、協力する可能性

井上寿一『政友会と民政党 戦前の二大政党制に何を学ぶか』(中央公論新社、2012年)

してみると二大政党制のような対決型の政治制度自体、もともと日本には向いていないという結論になるのだろうか。

井上寿一政友会と民政党 戦前の二大政党制に何を学ぶかはむしろ、政権交代の経験が政党の側に学習をもたらす効果が、わずかであれ戦前にも見られたことに注目している。

積極財政の政友会と緊縮財政の民政党(憲政会)は、経済政策ではしばしば正反対だったが、外交面でのギャップは必ずしも架橋不能ではなかった。

普通選挙法案を通して二大政党時代の幕を開けた憲政会の首相加藤高明は、1915年に対華21カ条要求を突きつけた際の外相であったが、幣原喜重郎を重用して協調外交に努めた。

田中義一の山東出兵など、対中強硬論が強かったとされる政友会も、対欧米協調の一線を外したことはない。

実際に満洲事変以降、軍部が明確に既存の国際秩序の打破をめざすようになると、実らなかったとはいえ何度も、両党の連立内閣でそれを抑えようとする「政民提携論」が起こっている。

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