「峯岸みなみ丸刈り謝罪問題」をどう見るか? AKB48を経営学で考える

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京都に舞妓さんという人材がいることや育っていくことで、便益を受けると思われるさまざまな関係者には、舞妓さんというブランドを大切にする気持ちと、その維持のための指導や育成にかかわり負担をする姿勢があります。だからこそ、京都花街に飛び込んだ若い女の子たちが育成され、舞妓さんとして自覚した振る舞いができるようになるのです。

芸事を身に付けていくこと、舞台に立つ経験を得ることももちろん重要ですが、京都のブランドイメージにも重ねられる「舞妓さんらしく」あるためには、つねに信頼できる人たちから見守られ、日常生活で失敗を重ねつつ指導を受けながら学び、舞妓さんとしてのキャリアを培っていくことが大切なのです。

「一緒に謝ってくれる人」が大切

このような仕組みがあるため、若い舞妓さんの失敗は当然、育成者の責任でもあると認識されます。たとえば、踊りの会で扇子を落としてしまうといったことがあれば、彼女の育成指導を引き受けたお姉さん役の芸妓さん、所属する置屋のお母さん(経営者)が、一緒に謝ってくれます。彼女の失敗は、指導者や責任者の失敗、ということになるのです。

ある舞妓さんが、「姉さんが守ってくれはる」と形容してくれたことがありますが、まさに若くて経験の浅い人の失敗を親身になって引き受けて、責任をシェアする姿勢が、業界全体にあるのです。

誤解を恐れずに言えば、もし失敗したことで丸刈りになって謝るのなら、育成の指導者や責任者も丸刈りになって、一緒に謝るということなのです。そして、育てる側にそこまでの覚悟がないと、ブランドイメージを自ら体現し続けるという、感情と行動にコントロールが必要な難しい仕事を若い人に引き受けさせて、さらにそれを実現できるように教育することは不可能だと思います。

ですから、峯岸さんの謝罪会見を動画で見たとき、峯岸さんがAKB48として活動したことで便益を受けてきた関係者、彼女の指導に当たったであろう(あるいは当たるべきだった)方々が、なぜ一緒に謝罪されないのか、気になりました。 

AKB48のビジネススキームの問題点

AKB48のメンバーたちは、オーディションに応募してきたごく普通の女の子たちですから、デビュー前にエンターテイナーとして十分な経験があるとはいえないでしょう。また、一生懸命さは誰にも負けない気持ちがあっても、プロフェッショナルとして、あるいは社会人としてまだまだ未熟だということは、ファンも私たちも知っています。

ですから当然、このことは、関係者の間でも共有されていることだったはずです。もし、出来上がったプロフェッショナルなエンターテイナーでAKB48が構成されていたら、ファンや一般の人たちが、リアルな一生懸命さを受け取ることはなかったでしょう。

AKB48は、成長途上の女の子たちの一生懸命さをファンが体感できるから、アイドルだけれどリアルな存在として認知されます。握手会での数秒のファンとの接点に、彼女たちの真心を感じることができるのです。このようにして、「会いに行けるアイドル」としてのブランドイメージが形成されているのです。

つまりAKB48は、メンバーが大人として出来上がっていないことが前提のグループなのです。であれば、何らかの問題が生じることや失敗があることは、当然、想定できるはずです。

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