その頃、父親は同窓会でパワーポイントを使った発表をする予定があった。しかし、パソコンは苦手だ。智美さんはすかさず「ITに強い友だちがいるよ」と健介さんを紹介。婚約者ではなく、親切で有能な友だちとして印象付けたのだ。
次は奇襲。智美さんの父親は長く不動産関連の仕事をしており、不動産に関しては頼りにされたいタイプだ。実家近くに中古マンションの出物があり、「ローンを組むにもギリギリの年齢」だった智美さんは、健之さんと暮らす新居として購入を決意。父親にこう相談した。
「私、結婚するからマンションを買う。お父さん、この物件をどう思う?」
父親は「オレが見てやるよ」と一緒に検討してくれた。購入が決まった後で、「ところで誰と結婚するんだ?」と聞いてきた。すでに結婚前提での質問である。ここで智美さんはパワポ資料作りを手伝ってくれた健之さんと婚約していることを明かした。
「釣り書きは持って来いよ。オレの息子になる男なんだから、どんな人間なのか知っておきたい」
健之さんの子どもたちとも「和解」
父親は最後まで威厳を示したが、健之さんの離婚歴については何も言わなかった。厳しい営業体験も経てきた智美さんの知略が功を奏した瞬間だ。25歳のときは思いもつかなかった交渉術だろう。
智美さんとの結婚話が進むにつれて、健之さんにはさらなる幸福があった。大人になった子どもたちとの和解が進んだのだ。4年以上も会っていなかった娘からは連絡が来て、一人暮らしを始める息子からは家を借りる相談にのってほしいと頼まれた。さっそうとしたキャリアウーマンである智美さんとの再婚話が父親の株を上げたのかもしれない。
「特に長女のほうは私を慕ってくれています。一緒に買い物をしたり、料理を作ったりしていますよ。でも、23歳の女性を自分の娘だとは思うことはできません。あえて言えば親戚の子みたいな感じですね。彼女も私を『ともちゃん』と呼んでいます。長男もいい子ですよ。男2人暮らしが長かったので家事がひととおりできるんです。みんなで食事をした後に洗い物をしていると、当たり前のように手伝ってくれます」
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