ヤマハ、楽器大手の真髄 ウィーン・フィルの立役者、岡部常務に聞く
それに対してヤマハはチームプレーです。私のように、トランペットのことはもちろん語れるけれど、「自分の思いを楽器で表現したい」というほどのキャリアは持っていないひとが作る。だからヤマハとしては、演奏家に評価いただいて、良いか悪いかを判定するのです。
ただ、いろいろな人に意見を聞くと、楽器の悪いところは補正できるけれど、特徴はなくなります。いろいろな人に聞けば聞くほど、及第点は取れるけれど、個性がなくなってしまう。そのことに会社として気づくのに、少し時間がかかりました。
ブレークスルーのきっかけになったのが、ウィーン式管楽器の開発でした。開発協力者を特定して、その人とトコトンやる。そうすると、結構、個性的な楽器ができる。当時、一流の演奏家はバックなど先行メーカーの楽器を使っていましたから、ヤマハの楽器を吹いて意見を言ってくれることはあっても、自分の楽器をヤマハに置き換えるまでの人はそれほどいませんでした。
でも、本気で使わないと、欠点は見えてきません。ウィーンフィルで良かったのはそこです。彼らには「(このままだと)使う楽器がなくなってしまう」という危機感がありましたから、われわれにも割と厳しい要求をしてくる。それが大きな収穫でした。
職人常駐の拠点が大きな役割
ヤマハの管楽器開発の特徴である「アトリエ」を中心とした活動も大きな役割を果たした。「アトリエ」は開発者や職人が常駐する拠点だ。演奏家や音大生などと意見交換し、楽器開発につなげていく。ヤマハは77年、銀座に最初のアトリエを設立。以降、ハンブルク、ロサンゼルス、ニューヨークなど世界の主要都市に拠点を展開してきた。岡部氏自身も、東京、フランクフルト、ロンドンのアトリエに駐在経験がある。
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