油井のチームはヨーロッパ宇宙機関(ESA)、NASA、日本の宇宙飛行士が6人と地上の管制チームから2人、インストラクターが2人、合計10人の多国籍編成だ。米国アラスカ州アンカレッジから南東に約50km離れたプリンスウィリアム湾で8日間、毎日リーダーと目的地を変え移動する予定だった。
ところが油井たちが訓練を開始してから悪天候が続き、終日カヤックをこいだのはこれまでのところ1日だけ。そのほかの日は1カ所に留まっていた。油井がリーダーを務めるのは実質訓練の最終日であり、計画どおり移動できる可能性があるのはこの日だけだった。チームは日程的に切羽詰った状況にあった。
当日の朝、油井はメンバーの誰よりも早く起きた。期待に反して雨が降り続いている。9月というのに気温は5度。目の前の海には氷が浮かび、真冬のような寒さに身体が震える。
油井に起こされ、外を見たメンバーは、「こんな悪天候でカヤックがこげるわけがない」と見るからに士気が低かった。そこで、油井はリーダーとしてミーティングを開くことにした。
「今は雨が降っているが、天気予報の情報と海上を観察した結果、予定どおりの行程を進むことは可能と考えられる。しかし皆の士気は現在、あまり高いとは言えない。長距離の移動になるうえ、不確定要素も多いので、士気が低いと別の危険を誘発する恐れがある。予定どおり移動するべきか、この場にとどまるべきか、皆の率直な意見を聞きたい」と切り出す。
リーダーの役割とは何か
案の定、メンバーの意見はバラバラだった。
「雨も風も強く危険が迫っているのだから、テントの中で話をしながらチームビルディングをすればいい」という意見も出た。もちろん、とどまるほうが判断事項も少なく、正直言えば楽なのは間違いない。だが、あるメンバーから議論の流れを変える発言が出る。
「テントの中で話をするなら、(訓練本拠地の)ヒューストンにいるのと同じだ。俺たちはカヤックの訓練を通じて、チームワークを向上させるためにここに来ているんだ」と。
それから積極的な意見が出始める。油井も、
「もし、途中で危険な状況になっても代替プランはたくさんある」とサポートする。
一通り意見が出尽くすとメンバーが油井の顔を見た。リーダーの決断を待っているのだ。そこで油井が決断を下す。
「それでは、困難にチャレンジしましょう。荷物の積み込み開始は0930(9時30分)!」
その後のメンバーの動きは早い。目的がひとつの方向に定まり、自分の役割が明確になれば、期待以上の成果を出すのだ。
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