民主主義で、尖った表現は生まれるか? 奇才・会田誠の発想の原点(上)
会議が苦手ということにも関連するが、僕が美術家になった消極的な理由は、民主的なやり方や多数決的なやり方がつくづく性に合わないからである。
民主主義社会の一員という役割が非常に苦痛なのである。
みんなで意見を出し合って調整する、共通項を探るということになるとイライラしてくる。「そんなことをするなら誰か決めてくれ! 間違っていてもいいから」という気分になる。
こういう人間が何を好むかといえば、1つは自分が暴君になること。もう1つは奴隷になること。僕のような人間は美術家になってよかったと、あらためて思う。美術家なら暴君性を発揮するといってもその対象は自分と自分の作品であって、ほかに害を与えるわけではない。
中学・高校時代に、すでにこうした非民主主義的志向の片鱗はあった。文化祭でクラスから作品を出すというときに「絵もうまいし、こういうのは会田君向きだろう」と僕は毎回責任者に選ばれたのだが、僕のクラスの出し物は中学、高校と常に人気投票で1位を獲得していた。なぜか?
僕に素晴らしい才能があるからではない。僕のところだけファシズムを導入していたからだ。僕を頂点とするピラミッド組織で、ほかの人間の意見は通さず、全部僕が決めて作品を作ったのである。
ほかのクラスは民主主義の多数決で決めていくため表現が弱くなってしまう。意見を出し合い調整するなかで表現が中途半端になる。これは明らかだった。
アートは本来、民主主義的に調整して作っていくものではない。地域活性型、交流系のアートで、現地で人々と話し合いながら表現を固めていくというフレンドリーなアートもあるにはある。ただ、僕はこうしたタイプのアートは苦手だし、基本的にアートは大勢の意見を調整して作っていくものではないと思っている。
もちろん、これはあくまでもアートに関する話だ。僕は民主主義的なものが苦手だが、効率が悪くても社会は大勢の意見を調整しながら多数決で動かしていくべきだと思う。
(構成:原智子、撮影:尾形文繁)
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