10代の過激化、なぜ米国は止められなかったか

両親も周囲のコミュニティも止められず

アミンとその母であるアマニ・イブラヒムは1999年にスーダンから米国に移住してきた。アミンはまだ2歳そこそこである。彼らは数年にわたって親戚と共にバージニア州の狭小な部屋に住み、母親が2011年に再婚するまで、1つのベッドに寝ていたという。アミンが14歳の頃である。

イブラヒムは息子に対して過保護な母親であり、供述書では、息子が慢性的な健康問題を抱えており、自分も恐怖感と「何か悪いことが息子のみに起きるのではないかという予感」を抱いていると述べている。

アミンが10歳のときにクローン病(炎症性腸疾患で、激しい腹痛と下痢を引き起こすことがある)との診断を受けた直後から、イブラヒムは息子をスポーツ活動に参加させず、友達の家に泊まることも禁じた。アミンは1人で過ごすようになった。

アミンもその母親も、ロイターからのインタビューの要請に応じていない。彼らの見解は、連邦検事に提出された供述書に詳細に記されている。

目に見える過激化

10代になったアミンは、家族とは別にイスラム教を学び始めた。アミンは司法心理学者に対し、両親が実戦しているような「儀礼的な」ものとは違って、イスラム教の知的な側面に惹かれるようになったと話している。ネット上で調べているうちに、彼はIS支持者のもとにたどり着き、彼らと交流するようになった。10代の若者は突然自分が知的で価値のある人間だと感じるようになったと、逮捕後、供述書の一部として提出された司法心理学者の報告書に書かれている。

彼は「ジハードの理想主義的なイメージ」や、イスラム政府は西側諸国の政府より優れている、無人機による攻撃は邪悪である、ムスリムは虐げられているといったイスラム国の主張に惹かれていった、と司法心理学者に語っている。

アミンが何時間もネット上で接触したIS支持者の1人が、アブドラと名乗るフィンランドのティーンエイジャーである。彼は、時間が経つにつれて彼らの思想は強固になっていったと話している。アブドラは起訴されていない。

「最初は、あるグループを支持する、ジハード主義者を支持するという程度だった。本格的なIS支持者になったのは、基本的にはシリア内戦が始まった頃だ」と現在21歳のアブドゥラはあるインタビューで語っている。「軍に対する自爆攻撃は許されると言い始めた」

バージニア州マナッサスのオズボーンパーク高校に通うアミンの振る舞いは目に見えて変化していった。2013年、高校2年になる頃には、彼はますます過激になっており、ムスリムの同級生が1日5回の礼拝をサボっていると厳しく非難し、中東での混乱についての議論に誘い込もうとしていた。

この頃、ISはシリア政府、シリア反体制派双方と衝突し、主要都市や敵の検問所を支配下に収めるようになっていた。ISは批判者や対立グループを誘拐・殺害することで知られているが、ソーシャルメディアを利用して主張を広めることにも長けていた。ISはツイッターその他のソーシャルメディアを介してムスリムの若者にアピールし、西側諸国の出身者も含め、若い外国人戦闘員の参加を促した。

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