ヒトラーの早世した「兄」、実は弟だった

生後6日目に水頭症により死亡

5月30日、ナチスを率いたアドルフ・ ヒトラーの兄とされていたオットーが実際は弟だったとする見解を、歴史家のフロリアン・コタンコ氏がオーストリアの地元紙で明らかにした。ベルリンで昨年12月撮影(2016年 ロイター/FABRIZIO BENSCH)

[ウィーン 30日 ロイター] - ナチスを率いたアドルフ・ ヒトラーの兄とされていたオットーが実際は弟だったとする見解を、歴史家のフロリアン・コタンコ氏がオーストリアの地元紙で明らかにした。

ヒトラーは両親の間に生まれた子ども6人のうち4番目と広く考えられていたが、コタンコ氏がオーストリア北部の出身地の記録を調べたところ、すぐ上の兄とされていたオットーはこれまでの説より3年後の1892年6月17日に生まれ、生後6日目に水頭症により死亡したことが分かったという。

コタンコ氏は「上の子ども3人が死亡したため、唯一生き残ったアドルフ・ヒトラーが母親から特別な注目を受けていたことが彼の精神面に影響したとする多くの伝記執筆者の結論には、説得力がなくなった」と述べた。

さらに疑問点として「当時3歳児だったヒトラーが弟の誕生と死にどのように向き合ったか」という点を挙げ、ヒトラーが弟の状況を知っていたかどうか、それがどのように影響したかが問題だと指摘した。

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