無制限の金融緩和は可能か? マネーストック増えず、マイナス金利も逆効果

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金融緩和に限度 マイナス金利は逆効果

このように、これまで(1)のプロセスは働いた。しかし、これからは、これも行き詰まる可能性がある。

資金需要がないと、当座預金が増えても貸し出しを増やせるわけではないので、銀行は運用対象としての国債を手放さないようになる。国債を保有していれば金利収入があるが、当座預金にしてしまえば利子収入がなくなるからだ。そこで、08年10月から、当座預金に金利をつけるという変則的な措置が取られている。

こうした状況では、日銀が「無制限に国債を買う」といっても、銀行が売らない。日銀の国債買い入れにおいて応札額が買入予定額に届かないことを「未達」というが、未達はすでに何回か発生している。資金需要がない経済では、「無制限の金融緩和」はできないのだ。

以上の説明から分かるように、金融緩和が機能しない基本的な理由は、資金需要がないことだ。これは、つぎのように喩えられよう。

犬にリードをつけて公園を散歩しているとしよう。犬に元気があって走り出そうとするとき、リードを引いて止めることはできる。しかし、疲れた犬が座り込んでしまったら、リードをいくら押しても犬を動かすことはできない。

金融政策もこれと同じだ。経済に元気があり資金需要があれば、金融政策で投資などの支出をコントロールすることができる。しかし、経済に元気がなく資金需要がないとき、いくら金融を緩和しても支出を増やすことはできない。金融政策で「引く」ことはできるが、「押す」ことはできないのだ。

この問題に関連して、安倍氏は、「マイナス金利」を採用すればよいとの考えも示した。これは、銀行が中央銀行に持つ当座預金に対して金利を徴収するというものだ。それを挽回するために、銀行は貸し出しを増やすだろうというのである。

しかし、これが機能するのも、資金需要がある場合だ。資金需要がなくて貸し出しを増やせない場合、当座預金で金利を取られるなら、銀行は当座預金の増加を拒むだろう。つまり、国債売却に応じないわけだ。

こうした状況で国債をさらに買い上げたいのなら、当座預金の金利を引き上げて、国債以上の利回りを保証する必要がある。つまり、マイナス金利とはまったく逆のことを行う必要がある。これは、日銀の収入を減少させ、日銀の政府納付金を減らして財政赤字を拡大させる。つまり、財政再建に反する措置だ。「財政再建を進めるべきだ」と主張するなら、それとは矛盾する。

以上が、金融政策の効果について、これまでの経験から分かっていることである。要約すれば、量的緩和によってマネタリーベースは増えたが、マネーストックはほとんど影響されず、物価や失業率などの実体経済の変数は何も変わらなかった。今後は、マネタリーベースの増加も難しくなる。だから、無制限に金融緩和しようと思っても、できない。

ただし、安倍氏はさらに踏み込んだ発言をしている。それは、「建設国債を日銀に買ってもらう」というものだ。これが日銀引き受けを意味するなら、話はまったく違ってくる。次回はそれについて述べよう。

(撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済2012年12月8日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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