「あの淫乱女!」伊藤野枝の破天荒すぎる28年 不倫上等、貧乏上等、迷惑上等

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今よりも女性の地位が明らかに低い時代(夫は独身女性に手を出しても問題ないのに妻が同じことをしたら姦通罪に問われた)。夫の女性関係を黙認して家事と育児に専念、他の世界に関心をもたない「良妻賢母」がたたえられた時代。空気を読まずに、こんなことを言い出すのだから、「野枝さんみたいになっちゃだめよ」と親ならば子供にささやきたくなるはずだ。

とはいえ、伊藤の思想をたどれば、うなずいてしまうところがあるのも確かだ。例えば恋愛。伊藤は「結婚を想定しているかぎりにおいて、たがいの生きかたを夫や妻の役割に切り縮めざるをえない」と説く。相手のためが、いつのまにか自分の利益のためにすり替わる。お互いを理解するという前提の元にいつのまにか同化を求める。結局、どこまで行ってもふたりはひとつになれないのに。伊藤が生きた時代から100年後の今も多くの女性のみならず男性も同じ悩みを抱えているのではないか。

伊藤は、自分の道を選び、有言実行して、非難にさらされながらも戦い、結果無残な死を迎える。果たして無駄死にだったのか。そのとらえ方は、読み手によって異なるだろう。

もはや心配を通り越して…

『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

私も「アナキスト」と聞くと眉をひそめてしまうが、アナキストでもノンポリでも右翼だろうとイデオロギーに関係なくとりあえず、目次だけでも眺めてほしい。感涙してしまう。岩波書店に対して心配を通り越して敬意を払いたくなる。

「お父さんは、はたらきません」、「ど根性でセックスだ」、「青鞜社の庭にウンコをばら撒く」、「カネがなければ、もらえばいい、あきらめるな!」、「マツタケをください」。これでそそられなかったら、何にそそられるんだってフレーズが並ぶ。

著者は『大杉栄伝』などの著書がある。これまでも脱力系のテンポの良い文体を前面に押し出してきたが、ウンコやらど根性やら、それこそ良妻賢母なら発狂間違いない言葉をこれでもかと並べ立てた今作を経て、どこに行くのか。早くも次回作が気になるところだ。

栗下 直也 HONZ

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くりした なおや

1980年生まれ、東京都出身。大学院修了後、半年間の無職生活を経て、産業専門紙に記者職で拾われる。現在は電機業界を担当。HONZでは新橋ガード下系サラリーマン担当を自認する。紹介する本は社会科学系、人文系、ルポ、お酒の本が中心。

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