「保育士の給料」はいったいどれだけ安いのか 月給6000円増だけでは働く魅力を増さない

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とはいえ月6000円程度の引き上げで保育士の待遇が大幅に改善され、働き手から見て魅力を増すとは言い難い。年間に直せば7万2000円の昇給にすぎず、賞与に一部反映されるとしてもまだまだ水準そのものが低い。保育士には給与水準そのものの低さに加えて、働きに対する正当な報酬が支払われていないという問題もありそうだ。いわゆるサービス残業である。

平成27(2015)年度 賃金構造基本統計調査によると、保育士の時間外労働は1カ月平均「4時間」という調査結果になっている。ただ、筆者が知人や友人などからヒアリングしてみた限り、保育士の時間外労働が月4時間で収まっているとは到底思えない。賃金に反映されていない水面下の時間外労働が、少なからずあるのではないかと推測される。

保育士には意外と時間外労働もある

というのも、保育士は園児と直に接する以外にもさまざまな労働をしているからだ。園児が到着するよりも早く出勤をして、掃除や換気など園児を受け入れる準備をしたり、園児が帰宅した後も日誌を書いたり翌日の授業の用意をしたりなども日々の重要な業務の一部である。発表会や運動会、遠足など、各種行事の前は、その企画や準備のため深夜まで保育園に残ったり、自宅に仕事を持ち帰ったりすることも珍しくないようである。

労働基準法では、所定労働時間に限らず、実質的に事業主の指揮命令を受けていた時間は、全て賃金の発生する労働時間としてカウントされるべきものとしているので、これらの時間の一部も労働時間とカウントできるかもしれない。賃金引き上げだけに限らず、保育士に対する残業代が労働基準法上のルールに基づいて、正しく支払われるようになれば、保育士の年収がおのずと上がる可能性もある。

2014年度に東京都福祉保健局が公表した「東京都保育士実態調査報告書」にも注目したい。報告書内に示されている統計データの1つで、都内で就業中の保育士8214名から有効回答を得たアンケートであるが、複数回答可で職場への改善希望点を尋ねたところ、59.0%の方が給与・賞与等の改善を求めたのに続き、職員数の増員を40.4%、事務・雑務の軽減を34.9%、未消化(有給等)休暇の改善を31.5%の方が求めていることが分かった。

給与面に続き、1人当たりの負荷の高さや休みの取りにくさに不満を感じている保育士が多いということだ。保育士の離職理由に関しても同様の傾向が見られたので、賃金の低さだけでなく、労働環境の厳しさも保育士不足の背景にあるということが統計上も確認できるわけである。

そうすると、国の支援策としては、当人の給与を引き上げるだけでなく、保育所が職員の負荷分散のため、雇用者する保育士の数を増やす余力を持てるようにすることも必要であろう。保育士が有給休暇を取得することも踏まえて、代替要員を無理なく確保できるような前提条件を充分に検討してもいいだろう。

いずれにしても、地方公務員と同等の待遇が受けられる公立保育所であれば保育士が集まっていることは事実なのだから、私立保育所でも一定の労働条件の引き上げ環境が整えば、保育士の離職率が下がる。また、潜在的保育士も保育の現場に戻ってきて、待機児童問題の解消にもつながるのではないだろうか。

最後に補足だが、非常勤保育士の待遇改善も課題である。待遇が良いとされる公立保育所においても、非常勤職員として採用された場合は、時給ベースでの賃金となり、フルタイムに近い形態で勤務したとしても年収は200万~300万円程度にしかならない。「同一労働同一賃金」の推進が政府の大きな方針にある以上、同じ保育士という仕事をしていても、正社員であるか非常勤であるかという、採用の入口が違っただけで大きな差が生じてしまう待遇格差についても議論が必要になってくるだろう。

榊 裕葵 社会保険労務士、CFP

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さかき ゆうき / Yuki Sakaki

東京都立大学法学部卒業後、上場企業の海外事業室、経営企画室に約8年間勤務。独立後、ポライト社会保険労務士法人を設立し、マネージング・パートナーに就任。会社員時代の経験も生かしながら、経営分析に強い社労士として顧問先の支援や執筆活動に従事している。

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