傷だらけの欧州経済は輝きを取り戻せるのか--ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

ケインズ政策に頼らない欧州の判断は正しい
米国に目を向けると、大規模な財政拡大の結果、財政赤字が膨れ上がっている。さらに、超拡張的な金融政策を採っており、過剰流動性を吸い上げるための出口戦略の実施には困難が伴うだろう。短期間で、米国の政府支出はGDP比の18%から28%へと上昇し、積極的な流動性供給によって、FRB(連邦準備制度理事会)のバランスシートは3倍にも膨らんでいる。
それに比べると、欧州の穏健な政策は、短期的なリスクを高めるかもしれないが、長期的には合理的な政策である可能性もある。将来、国際的な金利が上昇し、過大な債務を抱え込むことができないような事態が起これば、なおさらである。
よって、真に問うべきは、欧州がケインズ的刺激策を有効に活用しているかどうかではなく、危機が沈静化に向かったとき、欧州が再び経済改革に取り組むことができるかどうかである。もし欧州が労働市場をより弾力的にし、金融市場規制を欧州共通のものに変革し、自由貿易を守ることができれば、危機の後の欧州経済は上向くだろう。一方、欧州が内向きになり、ドイツ政府がドイツ国民に自国の車を購入するよう求めたり、フランス政府が非生産的な自動車工場の操業を継続するよう自動車会社に圧力をかけたりすれば、欧州経済は今後10年にわたって低迷するだろう。
過去1年の欧州の改革は誇れるものではなかった。まず、不景気によって改革の推進が難しくなった。さらに、欧州連合の議長国であるチェコで内閣不信任案が可決されたため、欧州委員会はレームダック化してしまった。そこに、ドイツの次期総選挙とアイルランドのリスボン条約の批准の投票結果への懸念が重なり、改革が後退してしまった。
だが、欧州には多くの強みがある。欧州の持つ“強力な民主的政府”と“健全な法制度”は、世界経済における欧州の長期的な競争力と同様に過小評価されている。最近の経済低迷は頭痛の種だが、欧州が短期的なケインズ政策の発動に冷静な対応をとっているのは正解だ。短期的なケインズ政策は、欧州の長期的な課題に取り組むうえで障害となる。