台南被災現場「厄落とし」が果たす重大な役割 生存者たちへの「心のケア」はどうあるべきか

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自分や家族に不幸や不運が続く。何をやっても上手くいかない。子どもが病気がち。子供の夜泣きがやまない。そんなときに、台湾の人々はそそくさと廟に出かけて、収驚を依頼する。そこでは一種の霊媒師のような”その道のプロ”が出てきて、背中を叩いたり、体に手を置いたりして、「戻ってきなさい」と呼びかけるのが普通のやり方だが、それぞれの廟や宗派によって魂を呼び戻す方法は違っている。

主に中国南部でも行われている収驚、北京など中国の北方の人にはあまりなじみがないらしい。台湾では、北京語(普通語)の発音で「ショウジン(shou-jing)」と読むより、台湾語の発音で「シウキア(siu-kia)」と読むほうが、みんな分かってくれるようだ。

あまり一般社会(新聞やテレビ、書籍など)では使われない言葉であるが、実際は人々の生活に深く根付いている。台湾の知人に聞いてみたが「親族や友人に不幸が続いたときに行った」「子どものころ、成績が落ちてしまったときに親に連れて行かれた」「恋人と別れたときにやったことがある」など、かなり身近に利用されているようだ。

「前」と「後」の区別をつけ、切り替えのきっかけに

台湾の被災現場でこの厄落としが行われていたことについて、台南に拠点を置く、台湾の民間宗教の実情を研究する米国人研究者のステファン・フラニカンさんに聞いてみると、こんなふうに解説してくれた。

「災害は突然やってきて、ビルが倒壊し、家族や友人が亡くなり、自分の大切な家が壊れてしまいます。人の心は落ち着かなくなって、眠れなくなったり、不安定になったりします。台湾社会には、伝統文化や慣習を大切にするところが残っていて、特に台南のような南部では、宗教活動にみんな普段から熱心で、『収驚』も広く行われています。

『収驚』は魂を呼び戻すという定義ではありますが、その究極的な目的は、不安を招くような事態を経験した人たちの精神を不正常な状態から正常な状態に戻すためのものです。『収驚』はとても簡単な儀式ですが、それによって『前』と『後』の区別をつけ、人々に新しい状態に切り替えていくきっかけを与えるという意義が大きいものです」

台湾の収驚のことを考えながら、東日本大震災から5年を迎えようとする日本でいま「被災地の幽霊がタクシーに乗った」という話題でも注目を集めている金菱清・東北学院大学教授の著書『震災学入門』(ちくま新書)を手に取った。

同書では、生き残った者たちに対する「心のケア」の重要性を、かなりのページを割いて訴えているのだが、通り一遍になりやすい精神科医やカウンセラーによるカウンセリングだけではなく、社会全体が被災者を包み込むような取り組みが必要であると指摘し、「疾患を完治させたり、症状を克服するというよりは、病をなるべく無難に経過させたり、被災者の回復力を高めることが重視されるべきだ」という考えを紹介している。

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