排出権制度の経済理論 前田章著 ~どう制度設計すればよいか公正で有益な示唆を提供

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
排出権制度の経済理論 前田章著 ~どう制度設計すればよいか公正で有益な示唆を提供

評者 慶應義塾大学経済学部教授 土居丈朗

 京都議定書で規定された温室効果ガス削減の対象期間の終了が2012年に迫る中、それ以降の時期における温暖化防止の枠組みを決めるポスト京都議定書の議論が目下進んでいる。その中で、温室効果ガスにまつわる排出権をめぐる制度設計も重要な論点の一つである。そもそも、排出権取引は、京都議定書で温室効果ガスの削減をより容易に実現するために設けられたメカニズムの一つである。

本書は、経済理論に基づいて、排出権取引に関連した制度をどう設計すればよいかを議論するうえで有益な示唆を提供している。温暖化防止の有力な手段として、排出権制度だけでなく環境税も挙がっている。本書は、環境税と排出権制度の優劣についての言及は、極度にどちらかに偏ることなく、公正に論じており、高く評価できる。

環境税と排出権制度は、政府の能力に支障がなく情報の非対称性がないとの前提を置く標準的な経済理論では、どちらかが優れていると断じることはできない。しかし、巷間での議論は、どちらかを強く賛成したり反対したりする主張がしばしば見受けられる。もちろん、そこには標準的な経済理論では欠けている前提条件を、現状を踏まえたうえで議論を進めているはずなのだが、しばしばその前提条件を詳述しなかったり捨象したりしている。

本書でも言及があるのだが、排出権制度反対論では、排出権の設定が経済に悪影響を及ぼすが、環境税では薄く広く課せば悪影響はないかのごとく主張する。しかしそれは比較論として意味をなしていない。ましてや環境税を「税収を環境対策費に充てる目的税」として導入するかのように誘導する主張は、環境税の本質をまったく理解していないものと言える。環境税は、課税すること自体で温室効果ガスの抑制を目指すのが主眼であって、その使途については事前に定める必要はない。こうした目的税化の主張は、逆に環境税導入を阻む一因にもなる。

国際的な排出許可証取引は、大量に余剰排出枠(ホットエア)を持つロシアやウクライナなどが、国際排出権市場で市場支配力を行使すれば、日本に不利となるとの懸念がある。本書はこの点について理論的に明らかにし、示唆に富む。ロシアなどの排出権の売り手側が市場支配力を行使すると、価格形成にそれなりの大きな影響が及ぶが、日本をはじめとする買い手側が結託して市場支配力を行使しようとしても、価格形成に大きな影響は与えられないという。

排出権取引は、温暖化防止の重要な手段だが、国際的な利害調整が市場でどこまでできるかが、今後問われよう。

まえだ・あきら
京都大学大学院エネルギー科学研究科准教授。1963年生まれ。東京大学工学部卒・修士、スタンフォード大学で修士・博士。東京電力、慶應義塾大学講師を経る。その間、国際応用システム分析研究所フェロー、内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官など兼務。

岩波書店 3780円 166ページ

Amazonで見る
楽天で見る

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事