日本人が知らないアメリカ起業哲学の源流 アイン・ランドは何を説いたのか

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1974年にフィラデルフィアでスポーツ・エンターテイメント事業会社スペクタコール(現コムキャスト・スペクタコール)を創業したエド・シュナイダーもランドの思想に大きな影響を受けており、NBAの76ersなどを経営する傍ら、米国アイン・ランド協会の設立のために出資し、最近は『肩をすくめるアトラス』の映画化にも尽力した。

NBAといえば2000年にダラス・マーベリックスを買収し、低迷していた弱小チームをみずから補強や選手待遇改善の音頭をとって6年後に決勝(ファイナル)に導いたIT長者のマーク・キューバンもアイン・ランドの熱心な読者として知られている。

コンピュータ会社やインターネットラジオを立ち上げ、売却することで巨万の富をなしたキューバンは、一昨年の秋、民間の事業者が支払料金に応じて受益者を区別してサービスを提供することを禁ずるネットワーク中立性の法制化が議論された際、規制に反対し、「アイン・ランドが現役の作家なら、鉄鋼や鉄道ではなく、ネットの中立性について書いていただろう。ジョン・ゴールトって誰?」とツイートしたことが話題になった。

孤高の天才建築家を描いた『水源』

米国のファッションブランドを代表するラルフ・ローレンは、『水源』に触発されてデザイナーを志した。1943年に第二次大戦下の米国で発売された『水源』は、アイン・ランドを一躍有名にし、キング・ビダー監督、ゲイリー・クーパー主演で『摩天楼』という映画にもなった長編小説だ。主人公のハワード・ロークは孤高の天才建築家。工科大学の建築学部の期末プロジェクトでルネサンス様式の邸宅の設計を課されたにも関わらず、これまでにない様式のガラスとコンクリートの図面を提出し、学長と以下のやりとりを交わして退学になる。

「建築家になったら、なれたとしたら、君は真面目にあんなやりかたで建てると言いたいのかね?」
「はい」
「きみねえ、そんなことをさせてくれる者がいるのかね?」
「それは問題ではありません。問題は、行く手を阻む者がいるかどうかです」

    (アイン・ランド 『水源』(原題:The Fountainhead)より)

 

物語のアンチヒーローで日和見主義者の建築家、ピーター・キーティングとは対照的に、ロークは構造やデザインに一切の妥協を許さず、そのために仕事の依頼も絶えて石切り場で働いたりしながらも、ときどき熱狂的な賛同者に巡り合い、合理的で斬新な機能性の高い建物を作り続ける。そして物語の終盤、キーティングからコストの制約のために構造設計が困難な公共の住宅プロジェクトの設計をひそかに依頼され、すべてのディテールが尊重されることだけを条件に、無料で設計を引き受ける。だが依頼主の意向でデザインが変更を余儀なくされると、ダイナマイトでそのビルを爆破してしまう。

この小説は、アイン・ランドが敬愛し、独自のスタイルで一世を風靡した建築家フランク・ロイド・ライトをモデルにし、作家が建築事務所で一年間業務を手伝うなどして綿密な取材を重ねて書き上げた作品で、のちにライト自身からも絶賛された。もちろん、顧客からの依頼でデザインを修正されたことにキレて建物を爆破するなど、ビジネスの現実からは程遠い。だがハワード・ロークの物語は以来半世紀に渡り、あらゆる業界のあらゆる組織の事業家、経営者、セルフ・スターターたちに読み継がれ、彼らの指南書となってきた。 

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