日本人が知らないアメリカ起業哲学の源流 アイン・ランドは何を説いたのか

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前述のマーク・キューバンは、『水源』を3回通して読んだほか、部分的にお気に入りの箇所をめくったことは数えきれないそうだ。この本は高校生の彼に「他人が何を考えるかは関係なく、自分が何をしたいか、自分自身の夢が何かだけが重要だと教えてくれた」という。

そして事業をたちあげ、様々な困難にも直面した彼を「鼓舞し、一個人として考え、目標に到達するためにリスクをとり、自分の成功にも失敗にも責任を持つことを促してくれた」らしい。キューバンは自分のヨットを『水源』と名付けている。

ラルフ・ローレンのホームページには「ストーリーはある女性像からはじまる。頭のなかで、その女性をベースに世界観を作り上げる。コレクションをデザインするときは、そのヒロインが頭の中にある」とある。好きな作家としてヘミングウェイと並びアイン・ランドをあげる彼の上質なテーラードシャツやスーツは、『肩をすくめるアトラス』で鉄道を経営するダグニー・タッガートの服を想起させる。

シルエットが美しい彼のブラックドレスのインスピレーションもダグニーが作品中の鉄鋼王ハンク・リアーデンのパーティーで着ていたアシメトリーの黒のドレス――華奢な体のラインと片方のあらわな肩だけが唯一の装飾であるシンプルなイブニングではないかと筆者は勝手に想像している。

同じアパレル業界で、2008年にニューヨーク市のヤング・デザイナー・アワードを受賞し、ユニクロとのコラボでも知られる気鋭のユニット、シプリー&ハルモスは、2009年の秋冬のプレタポルテコレクションへの招待状で『水源』の一文、「人生は目標から次なる目標へとまっすぐに動く直線」を引用し、テーマをランドの思想、客観主義(オブジェクティビズム)の「エンパワーメントの感覚と目的意識」に設定した。

アイン・ランドは若者たちの渇きをいやした

1967年に撮影されたアイン・ランド(写真:AP/アフロ)

大事業を成功させる異端児たちは、誰もが自分の物語を持っている。かれらは若い時から大きな渇きに突き動かされ、ただなにかすごいことを成し遂げたいと思っている。アイン・ランドの物語はそうした若者たちの渇きをいやし、言葉と道徳的承認(モラルサンクション)を与えた。

とくに代表作の『水源』と『肩をすくめるアトラス』は、異端であることを誇り、権威におもねることなく、ときに友人を失くし、会社から放り出されたりしながらも、いつかすごいことをやり遂げるという自分のビジョンを信じて我が道を行くクリエイターたちの聖典となった。

スティーブ・ジョブズは『肩をすくめるアトラス』第一部の映画版が公開された2011年4月15日の夜、病をおして地元マウンテンビューの劇場に足を運んでいたのが目撃されている。ウォズニアックによれば、ジョブズが特に優れていたのは、どの製品が良くてどれがそうでないか、何を採用し、何を排除すべきかを判断できたことだが、一切の妥協を許さない強い姿勢のために、多くと戦い、敵も作っていた。

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