日本人が知らないアメリカ起業哲学の源流 アイン・ランドは何を説いたのか
『肩をすくめるアトラス』はロシア出身の作家アイン・ランドが1957年にアメリカで発表した長編小説だ。前回、前々回の記事で、この哲学小説家が米国政治に及ぼしてきた影響について書いた。
だが、作品の発表以降半世紀にわたる間、彼女の思想が本当に大きな力を持ち続けてきたのはアメリカのビジネスマン、とくに起業家たちの間においてだ。
この小説の主役は、裸一貫で炭鉱労働者からはじめて画期的な合金を開発し巨大な製鉄会社を経営するに至る実業家、あらゆる障害を乗り越え新線を敷設する大陸横断鉄道の業務取締役副社長、誰も価値を見出していない事業を発掘することで富を築く投資家など、経済を個人の才覚とたゆまぬ努力、頭脳で支え動かすアトラスたちだ。
資本主義こそが唯一道徳的な制度
社会主義思想が世界的ブームとなり、営利の最大化を至上命題とする大企業が資本主義批判の矢面にたたされ、アメリカにおいても高齢者や低所得者など社会的弱者に富を再分配する福祉政策が実現していった1960年代に、この小説は、高い利益を生みだす、これまでにない最高の商品やサービスを生み出し流通させることこそが最も経済成長と人間の進歩に貢献するのであると説いた。
そして、富は個人の意志と努力によって築かれ、築いた富の大きさは個人の美徳の指標であり、ビジネスマンが自由に経済活動を行い、その成果としての利得への権利を正当に主張できる資本主義こそが唯一道徳的な制度であると説いていた。
この主張を小説において展開する『肩をすくめるアトラス』は、発売と同時に、ニューヨーク・タイムズ紙をはじめとするリベラルな主要メディアから激しい バッシングを受けた。作家のゴア・ヴィダルをして「不道徳さにおいてはほぼ完璧」と言わしめたほどだ。だがすでに前作のベストセラー小説『水源』の根強い 人気もあり、口コミで評判になった。そして作品は学生、ビジネスマン、軍人など幅広い層の読者の間で支持され続けた。
出版から10年後の1967年、いまだ無名で父親から引き継いだ広告会社を経営していたCNNの創業者テッド・ターナーは、『肩をすくめるアトラス』の中の謎の決まり文句「ジョン・ゴールトって誰?」と書かれた248枚ものビルボードをアトランタはじめ南部の主要7都市に自腹で建てている。
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