大手メーカーが駆け込む金属加工会社の秘密 精緻なものづくりに挑む"文系女子"パワー
金型レスだけではない。スマホの筐体などは材料を工作機械で削って複雑な形状に加工するが、材料の歩留まりが悪いうえ時間もかかる。井口一世ではこうして製造していた金属製品も「切削レス(切削なし)」で作ることができる。
「金型レス」「切削レス」を可能にしたのは、高精度の板金加工だ。金属の板を寸分のズレもなく、切ったり、曲げたり、穴を開けたりして加工する。素材や厚さにかかわらず「寸分のズレもなく」というのが井口一世ならではだ。本来、職人の勘や経験によるところだった暗黙知をすべて数値化し、独自にデータベース化。それを欧州で買い付けた最新鋭の機械に組み込んでいる。
井口社長は会議室の中央に置かれたテーブルを見ながらこう説明する。「このくらいのテーブルを作るのに、最新鋭の機械を使ってもおそらく30μくらいの誤差は出る。通常の板金加工ならその10~100倍のズレが生じるだろう。でもうちの機械を使えば、ほとんど誤差は出ない」。
社名「井口一世」の由来とは
23歳のときに父親が急逝、家業の金型プレス業を継いだ井口社長。ところが当時、国内の金型業界は人件費の安い海外へのシフトが進み、空洞化が進んでいた。このままでは生き残れない。そんなときに行き着いたのが、「金型を使わないものづくり」というまったく反対のアイデアだった。
学生時代からコンピュータが好きで、プログラミングの知識もあった。欧州製の高性能なマシンにITを融合させることで、それが実現できる。2001年に家業を廃業。工場と自宅を売って集めた2億円で機械を購入し、背水の陣を張った。社名の「井口一世」に込められたのは、そのときの覚悟と自信だ。
業界常識を覆す発想とまったく新しい技術――。最初はなかなか信用されなかった。だが、いったん理解を得られればこっちのものだ。ビジネスコンテストの受賞なども重なり、顧客は次々と増えていった。
現在の場所に移転したのは今から約5年前。「うちは製造業というよりIT業です」と井口社長。
「かつての技術者はその人の腕がものをいったが、これからの技術者はビッグデータを解析できる人。優れた技術者はデータサイエンティストでなければいけない」
工場では金属から火花や削りクズが散ることもなければ、油のにおいもいっさいしない。白を貴重としたインテリアの清潔感あふれるオフィスも、従来の製造業のイメージとはほど遠い。「誰もがあこがれるかっこいい製造業にしたかった」との思いがあったからだ。
井口一世にはもっと「製造業」のイメージを覆す事実がある。社員の約8割が女性なのだ。しかも、大半は文系学部出身だ。
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