東日本大震災被災住民の窮状を見過ごす行政、ボランティアの支援が命綱
個人による支援のジレンマ
震災前はコンピュータ関係の仕事に従事していた村上さんだが、避難所を出た後は復職を後回しにして支援活動に奔走。現在、気仙沼市の93の仮設住宅のうち、25カ所を自主的に訪問している。そして食料や衣類など物資の配付や医療支援、炊き出し、落語など催し物の準備で休むいとまもない。宮城県石巻市を拠点に活動するカーシェアリングのボランティア団体が気仙沼の仮設住宅に乗用車を貸し出すようになったのも、村上さんの要請がきっかけだった。
村上さんの一日は多忙だ。平日の朝9時前には市内の給食センターに出向き、仮設住宅で独居生活を送る高齢者のために作ってもらった弁当を持ち帰る。弁当代は神奈川県のボランティア団体が提供している。配達を終えた後、時間があると仮設住宅を訪問し、困り事がないか聞き取る。そしてすぐに解決に動き出す。
だが、活動はジレンマに直面している。相談があればいつでもどこにでも出向いていく活動スタイルのため、支援先は増加の一途をたどっている。その一方で、個人活動ゆえに外部から活動資金を得ることが困難で、軽自動車のガソリン代も携帯電話代もすべて自分持ちだ。とはいえ、村上さんの活動が途切れると、仮設住宅の住民は孤立しかねない。「やむにやまれず活動を続けている」と村上さんは苦笑する。
ボランティアが頼りにされているのは、行政による支援が貧弱であることの裏返しでもある。