技術官僚の理想主義がEU危機の種をまいた--イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト

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統合された欧州という理想は、計画者が持つ典型的なものであり、テクノクラートのユートピアだ。モネや戦後の欧州を築いた人々にとって、それはもっぱら好ましく、尊い理想だった。

だが、テクノクラートの問題は、自らの計画がもたらす政治的な影響を忘れがちなことだ。まるで政治は存在しないか、大事でないかのように事を進める。

国際通貨基金(IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事がその典型だ。税金を払うべきだったのに払わなかったのだから、苦しんでいるギリシャ人に同情を感じない、とした最近の発言は、冷たいのみならず、偽善的だとして広く批判された(外交官として彼女自身はいっさい税金を払っていない)。これは政治的センスを欠いたテクノクラートの典型的な気持ちのあり方だ。

選挙で選ばれたのではないブリュッセルやワシントンの官僚が課す緊縮政策は、社会的な災難であるだけではなく、民主主義にとって危険な脅威となっている。人々は民主主義的な制度に対する信頼を失うと、極端な考えに走る。

今、欧州の美しい理想が内に抱えた時限爆弾は爆発しようとしている。テクノクラートのユートピア的理想主義は限界に突き当たった。財政的な統合は、現在の金融危機に対する理性的な回答かもしれないが、これはテクノクラートの回答であり、欧州をより民主的にするのにはまったく役に立たず、過激主義を呼ぶ可能性が最も高い。

欧州でほぼ50年そうだったように、また中国で今なおそうであるかもしれないように、テクノクラシーは、大半の人々が物質的に恩恵を受けていると感じるかぎり、機能するだろう。だが、危機が発生するやいなや、その正当性に亀裂が入る。欧州は今日その影響を感じている。中国で明日何が起きうるかは、誰にもわからない。

Ian Buruma
1951年オランダ生まれ。70~75年にライデン大学で中国文学を、75~77年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

(週刊東洋経済2012年7月7日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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