日本人が知らないアメリカ的政治思想の正体 自由至上主義の源流に「アイン・ランド」あり

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それは、哲学は古代ギリシャにおいてのようにアカデミアの特権階級が独占するものではなく、あらゆる個人の思索と創意工夫、労働と密接に関わりを持ち、それに深く関与していくべきもの、というスタンスだ。アメリカ文化とランド思想の両方に特徴的である個人主義の伝統に深く根ざしたものであるともいえる。

余談だが、筆者もアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』を読むまでは、登場人物の一人エディー・ウィラーズのように、なにか高尚なすごいものが日常の生活や労働とは別にあると漠然とおもっていた。だが切ない結末を迎えてはじめて彼が悟るように、1200ページを読み終えるころには、「仕事をして暮らしていくこと」の中にこそ、人間の中で最上のもの、守るべきものがあると気づかされた。

理想は実現してこそ意味があり、それは地道な日々の労働によってしかかなわない。そして理想を現実にするためには、まずは現実を可能な限り客観的に認識しなければならない。

御託をならべる前に手を動かせ

肩をすくめるアトラス』(脇坂あゆみ訳)は、3冊に分かれた文庫版もある(上の書影をクリックするとアマゾンのサイトのジャンプします)

それがランド思想のエッセンスであり、ランドが自らの思想を客観主義と呼んだゆえんでもあった。生身の人間の善い生き方、現実の暮らしの向上そのものを求めるのでなければ、哲学に意味はない。この認識が、ランドがアリストテレスを師と仰ぎ、「矛盾は存在しない」、「AはAである」という根本原理を繰り返しながらも、アリストテレスの師たるプラトンを諸悪の根源扱いしたゆえんだった。

先日の討論会でのテッド・クルーズの「哲人王」批判もランドと同じ立場だ。それは御託をならべる前に手を動かせ、といった、職業人なら誰でも共感できるごく普通の感覚でもある。知性への懐疑ではもちろんない。さらに、クルーズが「哲人王」と言えば、高等教育を受けたアメリカ人の多くはプラトン批判だなとピンと来る。マルコ・ルビオが「アメリカにこれ以上哲学者は必要ない」と言うとき、ルビオは共感されやすいインテリ批判を展開するのと同時に、大統領選という場で「哲人王」といった哲学のコンセプトを散りばめるクルーズのインテリぶりを批判している。そこには少し知的な駆け引きがある。

米国の大統領選はまだまだ続く。"アイン・ランド系"の政治家はどこまで生き残れるだろうか。

アイン・ランドの思想と作品は、シリコンバレーのサイバーリバタリアンをはじめとして、アメリカのビジネスにも少なからぬ影響を与えてきた。次回はランドがアメリカの起業家やビジネスマンに与えてきた影響について紹介したい。

1/19(火)19:00~21:00、ヤロン・ブルック 米国アインランド協会エグゼクティブディレクター講演会 「アインランドとシリコンバレーの精神」を六本木アカデミーヒルズにて開催予定。ご参加のお申し込み、お問い合わせはこちら

 

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