日本人が知らないアメリカ的政治思想の正体 自由至上主義の源流に「アイン・ランド」あり
その若者たちは、1970年代以降、徐々に政治や経済に大きな力を持ち始めた。ランドを思想的母とあおいだグリーンスパンはニクソンとフォードの経済顧問をつとめ、グリーンスパンに紹介されてランドと交流のあった経済学者のマーティン・アンダソンは、ニクソンに対し徴兵制度廃止を提案し、採用された。徴兵制度は1972年に志願制に移行している。
1980年代になると、彼女の思想はレーガン政権の政策により顕著に反映されるようになった。ホワイトハウスだけではない。自由市場を標榜するシンクタンクの研究員の多くはランドの影響をすくなからず受けており、リバタリアンのケイトー研究所では『肩をすくめるアトラス』を読んでいない新入り研究員は「処女」のレッテルを貼られていたらしい。
1991年の米国議会図書館の調査で、『肩をすくめるアトラス』は、20世紀のアメリカで聖書の次にアメリカ人に影響を与えた本とされた。ランドを賞賛するメディアグループの経営者スティーブ・フォーブスがフラットタックスを掲げて共和党の大統領候補に立候補したのは1996年のことだ。
リーマンショック後の2009年にも一大ブームに
近年ではリーマンショック後の2009年、保守系のラジオのパーソナリティーであるグレン・ベックやショーン・ハニティーらが番組で繰り返し推薦したことなどからふたたびブームが起こり、刊行から半世紀以上を経ているにもかかわらず、『肩をすくめるアトラス』は60万部以上を売り上げた。茶会運動のデモ行進でよく掲げられていた「ジョン・ゴールトって誰?」というプラカードの文句は、同書に登場するスラングだったのである。
「つまりあなたのご不満は、作品が石鹸のように売れないということですか?」
(『肩をすくめるアトラス』第一部 矛盾律 第六章「非商業的」より)
ところでアイン・ランドは、いま日本でもはやりの反知性主義(anti-intellectualism)の急先鋒でもあったと筆者は考えている。ここでの反知性主義とは反インテリ主義のことだ。もともとランドは同時代のリベラルな知識人とは相容れなかったこともあるが、ランドの反インテリ主義は、哲学嫌いではない。プラトンの『国家(リパブリック)』に登場する「哲人王」思想の否定である。
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