がん発症を疑う所見なし、県民不安解消に努力 福島県の小児甲状腺検査キーマンに聞く

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これに対してわが国では海草などを通じてヨウ素を日常的に多く摂取してきたため、もともと甲状腺がヨウ素によって満たされている。そのため放射性ヨウ素による被曝をしにくい。加えて福島事故では汚染された牛乳が速やかに廃棄処分されたことから、甲状腺が継続して被曝する状況にはなかったと考えられる。

ただし、放射性プルーム(放射性物質を含んだ空気の塊)を吸い込むことによる内部被曝については未解明な部分が少なくない。今後の国による調査を踏まえて、リスクが高いと考えられる子どもたちをしっかりとフォローしていくことが重要だ。

--原発事故直後の昨年3月20日以降、県内各地の講演会で「放射線被曝は心配しすぎなくていい。外を散歩しても問題ない」とした山下さんの講演を聞いた住民の一部から、疑問の声が上がっています。

山下 事故直後、毎時10~20マイクロシーベルトという空間線量が各地で計測された。ただし、そのレベルではどんなに多めに見積もっても(がん発症が統計学的に有意に増加するとされる)100ミリシーベルトに達することはないことから、「心配しすぎなくていい」と申し上げた。

その後の昨年4月11日、政府は年間の積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある地域を計画的避難区域とすることを決めた。これは緊急事態期における国際放射線防護委員会(ICRP)の基準値(20~100ミリシーベルト)を考慮して設定されたものだ。

にもかかわらず、20ミリシーベルトを超えた途端に「危険だ」「がんのリスクが高まる」といった誤解が生まれた。20ミリシーベルトという数字は放射線防護の考え方から導き出されたもので、地域の復興を図るうえでの目安となるものだ。

私はそこまで被曝してもいいと言ったつもりはないが、誤解した方がいたことについては残念に思っている。県民健康管理調査をきちんと実施していくことで、誤解は解消に向かうと確信している。

やました・しゅんいち
1952年生まれ。長崎大学医学部教授、世界保健機関(WHO)勤務を経て2009年から長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長。11年7月から長崎大を休職し、現職。20年にわたりチェルノブイリ医療支援に従事。

すずき・しんいち
1956年生まれ。福島県立医科大学附属病院教授を経て、2010年6月から現職。12年6月から同大・放射線医学県民健康管理センター甲状腺検査部門長。11年3月から福島県災害医療調整医監も兼務。

(聞き手:岡田広行 =週刊東洋経済2012年6月30日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

 

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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