「もう一度、ベンチャー」 シベール特別顧問・熊谷眞一氏①

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くまがい・しんいち 1941年生まれ。高校卒業後、仙台や東京などでの修業を経て、1966年に洋菓子の店シベールを創業。70年有限会社シベールを設立し社長就任(81年株式会社化)。2010年会長。11年特別顧問。公益財団法人弦地域文化支援財団の代表理事も務める。

現在の心境を一言で言えば「もう一度、ベンチャー」です。昨年8月、創業者として経営してきたシベールの会長を辞めましたが、そのあと会社を作りました。新しいコンセプトの洋菓子店を首都圏で展開する計画を練っています。「シベールより大きくするぞ」と、ひそかに思っているんですよ。

1966年に、持ち金20万円で山形市に洋菓子の店「シベール」を開業しました。初年度の売り上げは、たったの240万円です。それ以来、私が「小僧の神様」と呼んでいるすばらしいお客様に恵まれ、順調に店舗を増やしてきました。94年にはラスクの通販に進出。さらに事業を拡大させ、2005年には株式公開を果たしました。中小企業の創業者としては、すごろくでいえば「上がり」。あとは文化活動に専念しよう、と思いました。

自分は根っからのアントレプレナー

親交のあった作家の井上ひさしさんの思いを受けて、08年に「シベールアリーナ」と「遅筆堂文庫山形館」を本社敷地内に作りました。アリーナは劇場として使える体育館。山形館は、山形県川西町出身の井上さんからの寄贈を元に同町で開設された遅筆堂文庫から、蔵書の一部をお借りしたものです。

今年3月には「母と子に贈る日本の未来館」もオープンしました。それらを運営する公益財団法人の代表理事職に専念しようと考えていたのです。シベールのほうも、すでに10年に代表権のない会長に退いていました。

 新しい会社を作ることになったのは「3・11」がきっかけです。東日本大震災は、たいへん不幸な出来事でした。でも、経営者は不幸をバネに自分自身を変えないといけない。震災前よりもっとよい社会にしなければ、亡くなった方々に申し訳ない。そう思ったとき、持ち前のベンチャー精神が頭をもたげてきたのです。

実際の店舗展開はこれからですが、店の名前は決まっています。「スイーツ365」。洋菓子を365日楽しんでもらいたいという事業コンセプトから付けました。現在の日本は二極化が進んでいます。ごく少数の上流と圧倒的多数の下流。

これではいけない。「知的上流・経済中流」という層を増やし、その生活の質を向上させることが必要です。新しい店では、日常でも洋菓子を楽しみ、豊かな生活を送っていただけるような商品を提供するつもりです。

やはり、自分は根っからのアントレプレナー、起業家なんですね。実は、小学生のときに校長先生が自分に向かって言った何げない言葉にその原点があるのです。

週刊東洋経済編集部
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