「授乳中って、頭はパキッとしているんですね。慣れ親しんだ都市にいて、周りはカツカツ靴音を響かせて歩いているのに、自分だけが文明以前の人間たちが暮らしていた何万年も昔に遡(さかのぼ)っちゃっているような」感覚に陥る。
打ち合わせに赴いた得意先では、授乳するために広い会議室を提供され、母乳や赤ん坊のよだれ、排泄(はいせつ)物とオフィス空間との狭間で、強い違和感を覚える。
「現代の都市空間は、何て健康な生産年齢だけに適合しているのか。誰しもどこかで具合が悪くなることがあるはずなのに、オフィスはピカピカで、ちょっと鼻水が飛ぶのも気になる」と話す中村氏。
妊娠期と授乳期の自分を、改めて「哺乳類」と自覚した経験を語る女性は多い。中村氏は『マザリング』で「私の社会的な存在の衣装や、時代的な属性などはすべて剝ぎとられ、(中略)すべての生き物の感情と、自分がつながりあって行くような不思議さがあった」と書いている。
人類は何万年も変わることなく、乳を吸いゲップをし、よだれを垂らす期間を育てられ、世代をつないできた。生物として繰り返してきた円環状の時間の流れと、進歩し変わり続けるリニアな現代社会との大きなギャップに、中村氏は立ち尽くす。
「社会的な私」と「ケア的な私」
そのとき産んだ娘は9歳になり、今は4歳の息子もいる。娘は1人で行動できる範囲が広がり、自立が始まったことを中村氏は感じている。
それでもなお、「社会的な私とケア的な私に引き裂かれる。子どもの身体や自分の存在や生死に向き合えば向き合うほど、この社会に参入できないもどかしさを強く感じます。
だから連載時は『私たちはここにいる――現代の母なる場所』というタイトルにしたんです。疎外感から『ここにいる!』と叫ばざるを得ない感覚でした」と話す。


















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