「生徒を思うなら断固ぶん殴るべき」…令和の今観ると体罰・問題発言のオンパレードの「金八先生」なぜあそこまで支持されたのか?
シーズン1第15話の「ダメな生徒を助ける方法は何でもいいんですね。同じ立場に立って一生懸命やれば何とかなるんですけど」という台詞がその象徴で、この言葉からは「生徒を助けることは絶対にできる」「どんな生徒とも同じ立場(視点)を共有できる」「一生懸命は必ず報われる」という思想が透けて見える。
この考えの背景には当時の日本では「成長神話」や「絶対的な正解」がたしかに存在していて、そこに導くのがよき教師である、という理想像が存在していたことが窺える……と言い切ってしまうと、当時をよく知る人生の諸先輩から「いやあ、そんな単純なものでもなかったよ」と言われそうだが、少なくとも、令和の今と比較すると、「成長神話」や「絶対的な正解」は存在していただろう。
「絶対に信頼される教師」金八先生の世界観
『金八先生』の放送が開始された1979年、日本は「成長神話」の崩壊を目の当たりにした時代だった。
戦後復興から高度経済成長期まで右肩上がりで成長し続けていた経済は1973年のオイルショックを契機に停滞に直面することとなり、出生率も1973年をピークに減り続けることになった。数字で見ると、当時の日本はゆるやかな下降トレンドに突入しているのだ。
しかし、衰退の兆しを見せる統計に憂うばかりではなく、楽観的な雰囲気も同時に感じ取ることができる。
経済面では1979年発売エズラ・ヴォーゲル『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が70万部を超えるベストセラーに。高度経済成長を実現した日本的経営を高評価する本書が売れた背景には、成長神話への期待感がまだあったのだろう。経済が下降曲線を描くなかでも、人々はまだ「努力すれば報われる」という前提を手放していなかったのだ。
教育もまた、その前提の上に成り立っていた。大学入試における共通一次試験の導入はその一例だろう。のちにセンター試験、現在の共通テストに通ずる全国一斉試験は、奇しくも金八先生放送と同じ1979年に開始されたものだ。
これまでの大学入試は大学ごとにバラバラで採点基準も独自であったが、共通一次試験の開始により、大学受験生が一斉に全国で同じ試験を受けるシステムが導入されることとなった。この制度が成立しうる背景には「同じ試験を平等に受け、結果を数値化することは公平性を担保することに繋がる」という考えがあった。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら