世界が戦争に向かった1926年と2026年の状況があまりに似ている理由、世界は民主体制を維持できるのか、独裁体制が相次ぎ出現するのか

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そこで国家間の戦争を放棄させるヴェルサイユ条約による新体制が生まれた。その趣旨は、戦争を再び起こさないために国際連盟を創設すること(1920年)、戦争という行為を無効とする「不戦条約」の締結(1928年)、民族自決の原則を維持することであった。

1919年6月28日ヴェルサイユで締結された国際連盟規約の冒頭には次のように書かれている。

「締約国は戦争に訴えざるの義務を受諾し、各国間における公明正大なる関係を規律し、各国政府間の行為を律する現実の規準として国際法の原則を確立し」(『国際条約集 2020年版』(有斐閣、2020年、39ページ)

国際連盟、理想と現実の齟齬に苦しむ

今後、国際連盟に入る締約国は、戦争という手段を使わず、国際法の原則にしたがって政治的、外交的に問題を処理することを加盟国は相互に誓った。日本も翌年にこれに署名し1933年に国際連盟を脱退するまでこれに従うことになった。

あくまでこうした国際条約による取り決めは、現実の社会が持つ姿をそのまま反映したものではない。あくまでも理想と願望を反映したものにすぎない。現実は、日本を含む軍事大国が存在し、暴力的にしのぎを削っていた。あくまでも第1次世界大戦の悲惨さから2度とこうした事態を起こさないと誓った理想論であったことは間違いない。

早速、その齟齬(そご)が生じる。実際の締約国の多くは植民地を抱える西欧の列強諸国だけで、彼らが自らの植民地の民族自決などを受け入れるはずもなかった。理想とは裏腹に、現実には一部の国のみの理想追求の場となり、国家を形成できない多くの植民地地域は、列強諸国の餌食となる運命に甘んじるほかなかったのである。

その崩壊を導くほころびの1つは、日本から生まれる。1927(昭和2)年、日本は1929年の世界大恐慌に先駆けて金融恐慌に見舞われる。その恐慌は世界大恐慌を引き起こす原因ではなかったにしても、その後世界を大混乱に陥れる戦争を引き起こす原因であったと言える。

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