「すぐ他人を怒る人」と「怒らない人」の決定的な差――なぜ満たされない人ほど、他人を論破する"正義の暴走"が起こりやすいのか
お釈迦さまは、修行を放棄したわけではなく、極端な苦行だけでは真の悟りを得られないことを悟ったので、お粥を口にしたのです。
これはのちに、「中道」として知られる仏教の重要な教えの基礎となりました。
しかし、従者たちはお釈迦さまの新しい境地を理解することができませんでした。彼らの正義中毒が、お釈迦さまの変化を受け入れることを拒否したのです。
このように、正義というのは、絶対的なもののように思いがちですが、奥にその人の「こうあってほしい」という勝手な期待や「こうあるべきだ」という強い思い込み、また、その時代の価値観なども背景にあるのです。
「不当な扱い」が怒りに
●「被害妄想」が生む怒り
怒りがなかなか消えない理由には、「被害妄想」というものもあります。なんの根拠もないのに「攻撃された」「不当な扱いを受けた」と感じる人は思いのほか多く、それが怒りに発展していきます。
被害妄想の一因には、先にも触れた「他者への依存」が挙げられます。
自分が拠り所にしている人が考え方や価値観を変えた――。
いままでAが最高だといって、周囲にも「Aが最高だ!」と断言してきたのに、その人が急にBを推すようになったら、信じていたのに裏切られた、見すてられたという思い込みで、怒りを感じます。
これまで理想どおりだった相手の変化が怒りの対象となり、被害的な妄想を引き起こすのです。
このように、正義中毒も被害妄想も、怒りの種になります。
「自分は“正義中毒”や“被害妄想”に陥っていないか?」
折に触れて、このことに注意しましょう。そして、安易に他人を責めたり、また、自分で自分を責めたりしないようにしてください。それが「怒り」に振り回されず、いい人間関係を築くコツです。
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