スギちゃんみたいにワイルドでなくていい… 一発屋芸人・山田ルイ53世が行き着いた、自分の心の中の「とろ火」をキープする生き方
事務所が苦手になった若手時代のエピソード
20年以上前、まだ飯も食えぬ下積み時代。あるテレビ局で、芸能人が東大を受験するという企画が持ち上がった。
売れっ子・無名問わず集められた100人を、まずは10名程度まで絞り込むべく、模試が催される。筆者はもちろん、無名の部類。ただの人数合わせで駆り出されただけ、とアルバイト感覚で参加したのだが、まさかの1位通過(だったと、後で聞かされた)で、あれよあれよという間に、最終面接の撮影の日を迎えた。
最終面接といっても、意思確認をする形式だけのもの。どこの馬の骨ともしれぬ若手芸人に「頑張ります!」以外の選択肢はないし、先方もそう信じて疑っていなかっただろう。
ところが筆者は逡巡していた。ちょうどその頃、試行錯誤の末に編み出した「貴族の乾杯漫才」で、深夜のバラエティー番組のネタ見せコーナーからちょこちょこお呼びがかかるようになっていたからだ。
だからと言って、ブレークできる保証も何一つなかったが、このタイミングで密着系の企画に関われば、ネタを作る暇がなくなるだろうことは、かつて『電波少年』(日本テレビ系)を経験した身としては、想像にかたくなかった。


















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