「間違えないのが正解」という教育が招いた悲劇。日本人が世界で通用しないのは"能力"ではなく"習慣"のせいだ
本書でいう「ニュー・エリート」とは、単にグローバルに活躍する人や、英語が堪能な人のことではない。依存から自立へと意識を転換し、自らの判断と責任で道を切り拓く人のことである。
オールド・エリートが「制度や組織のなかでの最適解」を求めるのに対し、ニュー・エリートは「変化のなかでの最適解」を自ら設計する。彼らは「所属」ではなく「志」で動き、「正解」ではなく「問い」で世界を見つめる。改めてニュー・エリートの特徴を整理すると、次のようになる。
ニュー・エリートに必要なものは3つある。第一に、世界を相対化できる知性。自国や業界の常識を一歩引いて見られる視野。第二に、自分の価値観に根ざした意思決定力。指示ではなく、自分のWhy(なぜ)を起点に動ける力。そして第三に、他者と共創できる対話力。異なる文化・考え方を排除せず、学び合う柔軟性だ。
これらを備えた人材は、もう組織の指示を待たない。彼らは「会社に勤める人」ではなく、「自分の人生を経営する人」である。それが、いまの時代におけるニュー・エリートの姿である。
パーソナル・グローバリゼーションの誕生
かつて日本では、「グローバル人材=英語ができる人材」と考えられていた。しかし、TOEIC高得点者でさえ海外での会議で発言できず、存在感を失う現実があった。沈黙を美徳とする日本的習慣が、グローバルの場では「なにも考えていない」と受け取られたのだ。
私は痛感した。自分をグローバル化する責任は、会社でも制度でもなく自分自身にある。にもかかわらず、多くの企業はテストや形式的な研修に依存し、主体性を奪ってきた。この違和感こそが、私が「パーソナル・グローバリゼーション(PG)」という自己成長モデルを提唱する原点となった。
私は2008年に書籍『パーソナル・グローバリゼーション』(以下、PG1.0と呼ぶ)を出版し、「自分の意志で世界とつながる」ことを社会に訴えた。その後、企業研修として展開し、理論は現場で磨かれていった。
やがて時代は大きく変化していった。デジタル化やAIの進展、地政学的リスクの高まり、働き方の多様化……。変化が常態化するVUCAの時代においては、PG1.0の枠組みだけでは十分ではないと痛感した。そこで私はモデルをアップデートし、PG2.0と名付けた。


















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