鹿鳴館でのパーティに出ることがステイタス
明治維新によって、髷を切り、和風から洋装へと日常生活に西洋スタイルがどんどん用いられるようになり、武士は特権を失い、刀も奪われた。朝ドラ「ばけばけ」で描かれているように、没落士族は苦境にあえぐこととなる。
何とかして日本を文明国だと西洋に認めてもらい、不平等条約を撤廃する――。
そんな明治政府の悲願のもと、欧化政策が進められることになったが、何も戸惑ったのは庶民や武士だけではない。率先して欧米スタイルを実践しなければならない、明治政府の高官たちもまた奮闘していた。
外務卿を務めた井上馨は、在欧各国の公使に対して、条約改正の方針を各国に通知するように訓令を発した。しかし、そうすんなりといくはずもない。イギリスは最小限の修正にとどめようと、各国に根回しをし、足並みをそろえられてしまった。
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【なぜイギリスは強硬な態度を取った?】
