「燕尾服を着た日本人は猿によく似ている」 朝ドラ『ばけばけ』ヘブン先生にはとても見せられない?鹿鳴館外交の醜態

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ひどい言われようである。ピエール・ロチは恋愛小説や紀行本を書いた小説家で1885年と1900年の2度にわたって来日。このときの体験をもとに『お菊さん』『日本の秋』など、日本をテーマにした本を執筆している。

日本は肌に合わなかったらしく、肯定的には書かれていないが、ラフカディオ・ハーンのように、ロチの『お菊さん』で日本に関心を持った人もいたようだ。

鹿鳴館の舞踏会では、華族や政府高官、名士などは妻や娘を同伴し、一生懸命に慣れないダンスを踊ったが、ロチは鋭くこう分析している。

「それは教え込まれたもので、少しも個性的な自発性がなく、ただ自動人形のように踊るだけだという感じがする」

欧米に追いつきたいという政府の強い思いは、海外での博覧会でも大いに発揮された。

明治43(1910)年、「日英博覧会」がロンドンで開幕。日本は、博覧会参加費用としてそれまでの最高額となる208万円をかけるという力の入れようだった。その甲斐もあって、博覧会は835万人もの来場者を集めて、盛況に終わった。

しかし、やはり日本人参加者のファッションは鹿鳴館外交のときと同じく、洗練されておらず、現地の新聞では次のように報道された。

「シルクハットの価値が日本人のために下落した」

江戸の文化を捨ててまで、欧米人に見習おうとしたが、悲しいかな、日本人の片思いに終わったようだ。

仮装舞踏会は意外と好評だったワケ

「ここは日本ではない。白人とわれわれが国境を忘れて交わる場所なのだ」

鹿鳴館の開館式では、そう胸を張った井上馨は、伊藤とともに、身体を張って、鹿鳴館外交を盛り上げようとしていた。

苦手なダンスこそ参加しなかったが、首相官邸で開いた仮装舞踏会「ファンシー・ボール」では、伊藤博文はヴェネチア貴族、井上馨は三河万歳の太夫に仮装して、大いにハッスルした。

三河万歳とは、正月、三河地方を根拠地に各地を回って歌い祈る芸能のこと。踊り手の太夫は、烏帽子を被って武士などが着ていた直垂(ひたたれ)を身にまとったことから、井上馨はそんな仮装をしたらしい。

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