【浅草ロック座】豪快な祖母と演出狂だった父 踊り子に育てられた3代目が、破産を乗り越えて変えた"劇場の景色"

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齋藤氏が抱く「踊り子ファースト」の精神は、自身の生い立ちに根ざしている。

「劇場の楽屋にベビーベッドを置き、踊り子さんたちにオムツを替えてもらいながら育った」という齋藤氏にとって、彼女たちは「人生の礎」であり、家族でもあるのだ。

そんな齋藤氏が経営を継いだのは約20年前のことだが、そこには先人たちが残した「負の遺産」との戦いが待っていた。

初代である祖母・智恵子氏は踊り子の面倒見が良い一方で、気に入った人物や事業に惜しみなく金を投じる豪快な性格だった。2代目の父・恒久氏は、故・勝新太郎の芸能プロダクションで専務を務め、実務よりも演出に心血を注ぐ人間だった。

満席なのに赤字ということも

「舞台は電気がつけばいい、音は鳴ればいいーーと考えるのがばあちゃんで、踊り子さんをとことん大事にする人でした。普段は倹約家なんだけど、スイッチが入ると外でバラまいてしまう。これの繰り返しです。

反対に、舞台の細部までこだわるのが親父でした。曲を選ぶため、夜だろうが構わず爆音で自宅のスピーカーを鳴らすんです、それこそ警察が来ちゃうくらいに。音響や照明にもこだわり、それまでの日本になかったサラウンドシステムを導入するような人でね。

『本物を作ればいつかわかってもらえる』という理想を追う反面、採算には無頓着。満席なのに赤字、なんてこともザラで……ロック座は、長いことこの2人の二人三脚で歩んできましたが、僕にとって教師でもあり、反面教師でもある存在です」

浅草ロック座 上原亜衣  
舞台衣装の多くは内製。この体制をずっと続けてきた(撮影:今祥雄)
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