金間 むしろ「いい子」の量産化計画まっしぐら(笑)。それは家庭でも同じですよね。親が、外出先で悪戯をしないよう最初から子どもに言い聞かせて出かけるとか、迷惑をかけたら親が周りの人に平謝りするとか。すると子どもは、「少しでも間違ったら大変なことになるんだ」と幼いながらに感じるようになります。
三宅 金間さんの新著『無敵化する若者たち』では、がんばらない若者たちについて分析されています。何かをやろうとするとき、最初から「無理だ」と思うのは、力不足という意味に加えて「自分にはそこまでがんばる意志も意欲もない」というニュアンスが含まれていると。
私も、アニメやライトノベルで転生ものが流行する主因として「生得的なスペック」の存在感が濃くなっているからでは、と思っています。みんな努力の価値は認めている。でも格差が広がる日本では、「努力すれば成功できるスペック」に生まれてきていなければ、努力しても報われない。だからがんばる気が起きない。
一方で、ある程度人生がうまくいく正解を知ってしまった今は、それ以外の場所でがんばる気が起きない、という見方もできるかもしれません。2000年代くらいまでは、「好きなことで生きていく」といった起業家ブームの流れもありましたが、今は、「正解から外れてがんばるようなこと、もうやらなくていいんじゃない?」という感覚が広がっているのではないでしょうか。これが行き過ぎると、好きなことを見つけてがんばる人を冷笑する姿勢につながってしまうのではないかと危惧します。
「好きなこと」は周囲とのバランスありき
金間 確かにそうですね。「いい子症候群」の若者に好きなことを聞いてみると、「自分が好きだとアピールすることで周りが受け容れてくれるもの」を好きだと言います。すでに周囲とバランスを取った上での答えなんですよね。
上の世代からしたら、「本当にそれが好きなの?」と、どうしても疑問に感じてしまいます。
三宅 先日、私の本に関するインタビューをしてくださったライターの稲田豊史さんも、「その程度の“報われ”でいいのか?」と、若者の感覚に疑問に持っているとおっしゃっていました。報われたいといっても、自分ではなく、推しのアイドルが東京ドームで公演するといったような話なので、拍子抜けすると。「好きなものって本当にそれでいいの?」という金間先生の感覚と近いかもしれません。

















