三宅 なるほど。私が大学生だった時代はある種の起業家たちがインフルエンサーになっていた時代でもあり、「失敗こそが成功のもと」といったチャレンジ精神を礼賛する価値観もあったように感じます。ですが、今の大学生を見ていると、確かにチャレンジ精神を褒められる環境は減っているのかもしれない、と感じます。大学側も「いかに失敗させないか」に注力しているようなところがあるような。
企業も教育機関も「至れり尽くせり」状態
金間 自らアントレプレナーシップを発揮するような意識の高い「自己実現タイプ」は、多く見積もっても全体の2割に満たないと僕は思っています。今は、こうした人たちが企業経営陣の根幹を成し、彼らが経営方針を打ち立てていますよね。残りの大部分のおとなしい「いい子症候群」の人たちは少し引き気味。そうした構図はずっとあったと思います。
今、この「大部分」の人たちにも働いてもらおうとすると、とにかく丁寧に説明する必要性が生じています。例えば大学のシラバスにしても、これを履修することによって何が得られるかを書かなければならず、どんどん分厚くなるという「至れり尽くせり」路線がずっと続いています。
三宅さんの『考察する若者たち』では、正解があって、それを得ることで報われたい若者の姿を描き出していますよね。本当にその通りで、とにかく今は正解を提供するという方向に切り替わっているように感じます。
三宅 私の本では、正解を求める若者たちが増えた要因として、「報われポイントを提示したコンテンツ」が拡散されやすいYouTubeやSNSなど情報プラットフォームの存在が関係しているのでは、という持論を展開しました。ただ出版後は、大学生のみならず、中高生も正解を求めるようになっているという現場の先生の感想も割とあったんです。教育現場は今、先生も生徒も「いい子症候群」から抜け出せないような状況になっているのかもしれません。




















