第2次世界大戦後、覇権は名実ともに、軍事的にも外交的にも経済的にもアメリカに移った。今度は、日本とドイツが周縁であることの利点を生かして、経済的には台頭した。
社会主義経済圏というのも存在したが、ソ連や東欧が崩壊したことにより、その意味で1972年リチャード・ニクソン大統領の中国訪問(の米中共同声明)以来、アメリカとの融和による経済の発展を鄧小平が画策してきた中国が、社会主義経済圏の周縁として台頭し、社会主義体制が世界的に崩壊し、冷戦が終了することにより、一気に発展した。
日本が牽引したアジア経済圏の中にあって、周縁だった東南アジアは1980年代から台頭し、1990年代のアジア金融バブルを生むまでに発展した。
より大きな枠組みで見ると、ラテンアメリカが先にアメリカ合衆国の発展の周縁の利を得て成長しかけたが、いち早くオイルショックなどにより低迷したことなどから、アメリカおよびその周縁、西欧およびその周縁たる東欧に対して、アジアは、最初に日本、次に中国に引っ張られて、世界の中で台頭してきた。21世紀、いよいよアジアが、19世紀までの欧州、20世紀のアメリカ、それらに取って代って、「中心」として世界経済を動かすようになったのである。
外部が消失、資本主義が終焉するのは必然だった
この過程で何が起きたのか。世界の、「アメリカ的なもの」への同化である。世界はアメリカナイズされた。アメリカは軍事、経済だけでなく文化も支配し、覇権を握ってきたのである。
しかし、この帰結は、「アメリカ的なもの」の価値を失わせる。アメリカ的なものはどこにでもある。だから、価値はなくなる。仕方ないから、目先がほんのわずかに異なる、目新しいものを次々繰り出すしかなくなる。しかし、この「目新しいもの」にも飽きてくる。「目新しいものを次々に繰り出す」というのが、アメリカ的なマーケティングであるが、それもどこにでもあふれ、飽きられてくるのである。
だから、21世紀、アジアに経済の中心が移ると同時に、1492年から始まった欧州の時代が1914年に終わり、その後のアメリカの時代が終わると同時に、資本主義的なもの、新しいものが価値を持つ、ということが終わりかけているのである。
別の言い方をすると、世界はすべてアメリカ化され、完全に1つの世界として閉じてしまったのである。究極のグローバル化が実現したのである。欧州によるグローバル化の帰結の1914年には、植民地という外部もあったし、アメリカ合衆国という大物の外部があった。2025年、今は、外部が存在しない。となれば、外部の存在を前提にし、その外部をフロンティアとして食いつぶしていく資本主義が終焉するのは必然なのである。


















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