『BLEACH』も『亜人』も『十二大戦』も!名作「能力バトルもの」で読者が唸る瞬間の共通点は?
能力を単に強くするのではなく、「想像の外側に広げる」ことで物語は深みを増します。たとえば「回復魔法」を考えてみましょう。通常は、怪我を治す・傷を癒やすといった範囲で認識されます。
しかしもし、その本質が「対象を“傷がなかった状態”に戻す」ことであれば、それは時間を巻き戻す能力でもあります。「治癒」と「時間操作」がつながるわけです。
この解釈を発展させれば、「他人を治すつもりで自分の記憶まで過去に戻ってしまう」「街全体を破壊前の状態に戻す」など、物語のスケールは一気に広がります。
実際、漫画『BLEACH』の井上織姫というキャラは、当初は「回復能力のあるヒロイン」だと思われていました。しかし中盤で、その能力は対象に起こったあらゆる事象を「拒絶」することで“起こる前の状態に還す”力(作中では、これは「事象の拒絶」と呼ばれる)であると明かされます。ここに“解釈のずらし”が働き、戦いに奥行きが生まれます。
能力は“強さ”ではなく“解釈”で伸びる
能力の拡大解釈は他作品にも多く見られます。西尾維新氏の小説『十二大戦』のネクロマンサーは、死体を操るという一見ありがちな能力を持ちます。しかし、戦いの中で自らが倒されたあと、「自分自身の死体」を操って再び戦い始めます。
「生者が死者を操る」のではなく、「死者が自分という死体を操る」という構造に転換することで、能力は“狂気”と“執念”を宿す物語装置に変わります。
同じく西尾維新氏の『零崎曲識の人間人間』に登場する零崎曲識も、「音を使って相手を操る・攻撃する」という能力を持っています。楽器を使う描写が続くため、読者は“楽器によって音を出す能力”だと理解します。しかし、彼は自分の声(声帯という“生体楽器”から発せられる音)でも同じ能力を発揮します。
「音とは何か」「声とは何か」という概念の拡張が、能力の恐怖と美しさを同時に生み出しているのです。



















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