<格闘家が医学部受験>タイで極貧のムエタイ修業後、たった3カ月の勉強で医学部に合格した救急医の面白い人生

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センター試験までの3カ月間、予備校にも入らず家で一人、勉強を続けた岡田さん。センター試験では8割を少し超える程度で、足切りにあう可能性もあるパーセンテージでした。しかし、2次試験で挽回することができ、奇跡的に合格を勝ち取りました。

「僕が受けた年は足切りがなかったのですが、前年度だったら多分切られて2次試験に進めなかったと思います。大分大学の同級生で自分よりセンター試験のパーセンテージが低い人は聞いたことがないですね。2次試験も手応えはなく、受かった気はしていなかったのですが、本当に合格したときにはびっくりしました」

こうして岡田さんは、短期集中でわずか3カ月の勉強で大分大学の医学部に合格することができました。

29歳で卒業し、救急科の医師に

5浪の年齢で大分大学医学部に合格した岡田さん。23歳で大学に入ってよかったことに、「いろんな事を経験できたこと」「タイに1人で住んだこと」、頑張れた理由については「反骨精神のおかげ」と答えてくれました。

「18歳でラウンジのボーイをして、すごいお金持ちの方と知り合ったのですが、そこで出会った方が今でもスポンサーになってくださっていますし、ママが母親のように可愛がってくれたので社会のことをいろいろ教えてくださいました。若い頃から、机の上じゃ習えない人との出会いの大切さをいろいろ教えてもらえたことがまず一つよかったことです。

左の女性がお世話になったラウンジのママ(写真:岡田さん提供)
左の女性がお世話になったラウンジのママ(写真:岡田さん提供)

もう一つが、タイに行ったことですね。18〜20歳のときはタイでチャンピオンになってやるという純粋で真っ直ぐな気持ちがありました。そこで挫折を味わいましたが、そのまま高校を出て大学に行っていたら踏ん切りもついていないし、当時のような極貧生活も経験できていないと思います。

タイから帰ってきたときは目の輝きがなくなっていたのですが、負けず嫌いが強くて『医者になりたい』と周囲に言って『絶対無理だ』と言われたことを覆したかったので頑張ることができました」

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