高橋:そしてもう一つ、東日本大震災の経験も大きかったですね。子どもは提出期限があるから宿題をやるし、大人は納期があるから仕事をする。人生も本当は死という締め切りがあるんだけど、普段はそれを考えません。みんな明日が来るのが当たり前だと思っているから、今日を漫然と生きるじゃないですか。
でもそれは当たり前じゃなかった。生きる屍みたいに締め切りのない人生を過ごすのが嫌だと思ったら、今日の自分にも嘘はつけなくなりました。だから自分の心に素直に、とにかく人生を楽しみ切ろうと強く思っています。
「自分が生き物である」と思い出してほしい
窪田:その感覚は大切ですね。災害ではありませんが、私も小学校の同級生が定期的に亡くなるような環境で育ちました。アメリカの非常に柄の悪いところに住んでいたので、友達がギャングに殺される事件がときどきあって。
当時は、自分もいつ人生が終わってもおかしくないんだと思っていました。この話をすると「よくそんなところに住んでいたね」と言われますが、死と隣り合わせだと感じていたからこそ「今、自分は生きているなあ」ということをものすごく強く意識していたんだなと。
治安のいい日本の都市にいると、そうした危険や自然の脅威にも鈍感になる気がします。事故だって災害だっていつ起きてもおかしくないのに、管理された生活が安心だというのは、人工的な幻想なのではないでしょうか。その幻想のために失うものも多いですよね。
高橋:本当に共感します。世界には、いまだに食べ物がなくて餓死する子がたくさんいます。でも例えば飢餓のアフリカで、自ら命を断つ子はいないといわれています。
日本も子どもの貧困が取りざたされていますが、よほどの問題がない限り餓死する子はいませんね。しかし、統計を取り始めて以来、国内の子どもの自殺は増え続けています。
窪田:皮肉な話ですね。本当に痛ましいです。
高橋:僕が言いたいのは、日本も昔のように人の死が当たり前だった生活に戻れということではありません。今の便利で安全な社会の中でこそ、自分が生き物であることを思い出す必要があると言いたいんです。


















