名物料理「タワマンステーキ」のある街で聞いた"旧住民の本音"・・・ビジネス街に残る「港湾労働と石炭」の痕跡

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現在の田町駅周辺に、芝浜の面影はない。360度、視界のどこかに超高層ビルが並び、駅前ではさらに再開発の工事が進む。

田町
田町の駅から見える工事風景(筆者撮影)

田町タワーを過ぎると…

田町駅前の工事現場は背の高いトタンの壁でぐるりと取り囲まれている。この白い壁に沿うように歩いて、29階建ての「田町タワー(港区芝5-33-11)」を過ぎると、線路沿いに「本芝公園(港区芝4-15-1)」が見えてくる。公園内には、ここが芝浜の舞台であることを物語る石碑「芝浜の記憶−舟」が建っている。

田町
「本芝公園」内にある案内地図。現在の田町駅は、江戸時代は武家屋敷の並ぶ場所だったようだ(筆者撮影)
田町
「芝浜の記憶−舟」(筆者撮影)

案内書きには「芝浜の記憶を後世に残すため、昔のかい、ウナギかま、モリ先などの魚撈具(ぎょろうぐ)を彫りこんだ舟の彫刻を作り設置したものである」とある。まわりを超高層ビルに囲まれた石碑だが、たしかにここは落語「芝浜」の舞台だったようだ。そのすぐ近くには、勝海舟と西郷隆盛の会見が行われた薩摩藩邸跡地の石碑もある。

1868年(慶応4年)3月14日、幕府陸軍総裁の勝海舟と西郷隆盛が会見し、江戸無血開城を取り決めたとされる場所だ。高層ビルの谷間、知らずに歩けば見過ごしてしまいそうな石碑だが、かつての芝浜からは日本の夜明けが見えたのかもしれない……なんて、慣れない脳内歴史散歩で遠出をしすぎると迷子になりそうなので、昔話はこのくらいにする。

勝と西郷の会見場所を背に、国道15号を越え、三田駅を過ぎると「慶応仲通り商店街」が慶応大学に向かって伸びている。通りはホルモン焼き、中華料理、居酒屋などが並ぶ活気のある風景だ。この商店街を通り過ぎてしばらく行った先に面白い店を見つけた。創作料理・ワインバーの「belts 三田(港区三田5-6-5)」だ。

田町
「belts 三田」の外観(筆者撮影)

スパイスで調理したチキンをライスの上に乗せた「チキンオーバーライス」の専門店なのだが、近所にタワマンが増えてきたことをきっかけに、分厚いポークステーキをメニューに加え、人気となっている。

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