SNSの「強烈な快感」に支配される現代人、脳科学者が教える"新しい感情労働"の実態

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ただ、安全基地があり、しっかり世界を探索できる人さえも使い方に戸惑うのがSNSというものだ。SNS上でバズるというのは、自分のいいと思うことを言ったら、世界のどこかで自分と同じように感じる人に届き、さらにそういう人がたくさんいたという、稀(まれ)な一致が起こった現象だ。

稀だからこそ、その快感は強烈で(何万もの人に対面世界で評価されることなどほとんどないだろう)、記憶に刻み込まれ、どんなことをしたら他人はいいと言ってくれるのだろうとそればかり求めていって、自分を失ってしまうことがある。むしろ「いいね」がもらえないことに痛みを感じるようになる。

「他人からの承認」という強烈な快感のあとには、薬物のような禁断症状がやってきて、果てしなく承認を求めて疲弊する可能性がある。SNSは依存的なメディアなのである。

「人にあわせる」のではなく、「人を理解する」

「感情労働」という概念は、1983年、社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールドが提唱した概念で、ホックシールドは企業の規則に自分の感情を従わせることによって、自分を見失ってしまう可能性を指摘した。もしかすると今日ではSNSなどで、他人の承認をもらうために自分の感情をみんなに受け入れられるものに合わせていってしまうことが、現代の見直されるべき感情労働なのかもしれない。

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何か自分の興味のあることをがんばって、それで人から承認されることはうれしいことだが、承認自体が目的になることはあやういことだ。「一度尺度が目的になると、それはもはや良い尺度とは言えなくなる」という法則は「グッドハートの法則(Goodhart’s law)」と呼ばれる。イギリスの経済学者チャールズ・グッドハートが、1975年にイギリスの金融政策に関する論文で提唱した法則である。今に当てはめると、例えば、良い商品が作りたいと思ってその商品が売れたりすると、売上という尺度だけが重要視され、売れる商品だけが作られて良い商品から離れていってしまう、という場合がそうである。

SNS上の「いいね」を気にすることは、それぞれの人をただの数に変換することだ。数だけが重要視されると、やはり悪い影響があるのかもしれない。数だから相手の人格を気にしない。生身の人間には良いところも悪いところもあるはずだけれども、便利なところだけでつながって、その人の悪いところがでてきたら、ブロックなどして切り捨てる。人間を狭いものとして(役に立つか立たないかだけで)扱って、相手を便利にコントロールできるような感覚を持ってしまうかもしれない。また自分が人間をそのように扱うことによって、実は自分も誰かにとっての数になり、私たちは前よりいっそう不安や孤独を感じることになっているのかもしれない。

大切なのは「人にあわせる」ということと「人を理解する」ということには、大きな違いがあるということだ。他人の感情を大切にし、かつ自分の感情も大切にする。そういう新しい感情労働のあり方を、脳の使い方を工夫することによって、私たちは可能にすることもできる。「感情的知性」を磨くことによって、私たちはIQやわかりやすく言葉で説明できる能力などだけで評価される時代を終わらせ、全人格を取り戻すことができるかもしれないのだ。

恩蔵 絢子 脳科学者

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おんぞう あやこ / Ayako Onzou

1979年、神奈川県生まれ。脳科学者。専門は自意識と感情。2002年、上智大学理工学部物理学科卒業。07年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了(学術博士) 。現在、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学・早稲田大学・日本女子大学非常勤講師。

著書に『脳科学者の母が、認知症になる』、共著に『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』『認知症介護のリアル』、訳書にアンナ・レンブケ著『ドーパミン中毒』などがある。

2023年に放映されたNHKスペシャル「認知症の母と脳科学者の私」は、大きな反響を呼んだ。

X  https://x.com/ayakoonzo

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