「愛娘に続き、母親も亡くして…」「お前、そろそろ本気出して気入れろ」沖縄No.1芸人の地位を捨て、東京に進出した俳優ベンビーの知られざる挑戦
自分の価値を絶対的に信じて生きてきたベンビーが、たった一度だけ不安に苛まれたことがある。
芸能界に入って、いや人生で一度も自信を揺らいだことがなかったのに、今年の3月、人生初と言ってよいほど不安という感情が芽生え憂慮した。未知なる感情だっただけに、ベンビーはどうしていいかわからなかった。
母の死、仕事の激減…人生で初めての落ち込み
「実は、今年の1月下旬に、東京進出を一番応援してくれた母が事故で亡くなったことでしばらく元気がなかったんですけど、ちょうどWOWOWの『1972 渚の螢火』が3月にクランクアップした頃から急に落ちました。母が亡くなったのもあるのか、東京に来て1年というところで、オーディション情報も全然入ってこないし、舞台の仕事をやってましたが、映像関連はちょい役やエキストラだったりの状態が続きました。人生で初めて『あれ、大丈夫かな? 俺』と思ったんです。今まで仕事が全然なくても絶対に大丈夫っていう芯は揺らいだことがなかったのに、このときばかりは生まれて初めて弱気になり落ち込みましたね」
東京移住して1年経過する頃に、娘に続いて母親の死への悲嘆、そして仕事の激減、事務所からのオーディション情報も不明といった焦燥が重なりあったせいなのか、鋼のメンタルに異常をきたす。
売れることが絶対だったのが、「俺、大丈夫か?」と自問自答し始め、考えれば考えるほど"絶対"が揺らいでいく。初めての感覚だった。
「こんなことやってていいのか」「何がいけないんだ」と思うだけで自己分析するでもなく、挙げ句の果てに「事務所のせいじゃねえのか」と他責思考が芽生える。そして「こんなんじゃ売れねえぞ」「ダメだ、俺」とマイナスの結論に帰結する。ネガティブマインドが脳ミソを支配し、身体から活力を奪い取る。まさにダークサイドに落ちた瞬間だった。
本来なら誰にでもある気持ちの落ち込みなのだろうが、今までポジティブにしか生きてこなかっただけに免疫がなく、いったん落ち込み出すと泥沼のようにどこまでも沈み込んでいった。
普通はそこで心身を病んでしまいがちだが、ベンビーは違った。
生まれ持った高い知能指数よりも「世界のベンビー」という信念が呼び覚まし、揺り動かす。まず無理矢理にでも俯瞰して己を分析し、弱っている箇所をリサーチした。

「昔から“引き寄せの法則”ではないですが、未来をイメージして実現するような感覚がずっとあったことが幸いしました。初めてではありましたがメンタルをやられていることを自覚し、どうにか落ち着かせようと軽い気持ちで瞑想を始めました。自分と向き合う時間を作り出すことが大事だと思ったからです。目を閉じて無心になろうとするのではなくて、呼吸に集中することから入りました。いろいろ浮かんでくるものを受け入れながら、一つひとつ考える。そこから始めました」
瞑想したからといって、すぐ無心になれるわけではない。自分と向き合うとはどういうことか。
恥も外聞も捨て真正面から内面をきちんと見ることこそが大切だと感じたベンビーは、邪念さえもいったんは受け入れる。心を曝け出すことを惜しみなくやったのだ。
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