根来寺と雑賀衆の討伐
天正13年(1585)3月10日、秀吉は権大納言から内大臣に昇進し、天皇の御所に初めて参内している。
その後、秀吉は、小牧・長久手の戦いで信雄に味方した、紀伊の根来寺や雑賀衆、四国の長宗我部元親、越中の佐々成政、そして三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の五ヶ国を領国とする徳川家康といった勢力の鎮圧を進めていく。
まず行われたのが、紀伊根来寺や雑賀衆の討伐だった。天正13年3月20日、秀吉は羽柴秀次を大将とする先陣を遣わし、翌21日には自らも出陣して紀州征伐を開始した。この出陣には秀長も従軍し「副将」を務めたとされる。
