50代で初ひとり旅――「旅の始まりは定宿の屋上から」 人に呆れられるほど通ったベトナム 有元葉子さんの旅の記憶

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次に食べたのは、こちらも忘れもしない、バインセオという料理です。

これもまた、同じ屋根の下にバスも置かれているような、路上の屋台のような店へ連れて行かれて――地元をよく知る人に連れて行ってもらったのですが、私はわけもわからず異国の混沌の中に入り込んでしまった感じで、まさに「連れて行かれて」という状態です――そこはバインセオ専門の超人気店でした。

路上に火鉢がたくさん並んでいて、火鉢の向こう側に、お風呂で使うような背の低いプラスティックの椅子があり、おばさんたちが座って料理をしています。七輪の上にのっているのは、小さい中華鍋のような形の鍋。見ているとおばさんたちは熱したその鍋の中に、黄色い液体を流し入れ、しばらくするとその中に肉やえびをポン、ポンと入れました。

さらに、はみ出しそうなほど山盛りのもやしをのせると、頃合いを見て皮を半分に折り、皿にのせればバインセオのできあがり。熱々がテーブルに運ばれていきます。

バインセオは、見た目は具だくさんのクレープやお好み焼きといった姿。ですが、香ばしく焼けた黄色い皮に箸を入れるとパリンと割れて、中から炒めた豚肉とえび、驚くほどたくさんのもやしなどの野菜が現れます。硬い皮と、サッと焼いたたくさんの具との組み合わせが珍しい。

皮ごとバリバリと箸で食べやすく割り、テーブルにたっぷり用意されている葉野菜やハーブで包んで、ヌクチャムをつけて口の中に入れる。クリスピーで、スパイシーで、香りが良くて、魚介や肉、野菜の合わさったうまみが口中にあふれて……ああ、なんておいしいのでしょう! またまた、すごい衝撃を受けました。雑踏の中で、おいしさにノックアウトされてしまいました。

経由したバンコクの記憶はほとんどない

ベトナム旅行の帰りはバンコク経由で、バンコクを楽しんだはずなのですが、その記憶はほとんどありません。それほどベトナムが強烈だった。

こうして、おいしいものの鮮烈な記憶をたくさん持って、日本へ帰ると……。私はすっかりベトナムの食のとりこになっていますから、舌も鼻も目も耳も、ベトナムの食事ばかりを再現することになります。

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バインセオは路上で作られていて、その様子を私は見ているので、日本のわが家でもさっそく作ってみます。

ところが、うまくいきません。豚肉やもやしや玉ねぎなどの具は同じように作れても、かんじんの皮ができない。再現不可能でした。米の粉を水で溶いて焼くだけでは、あのパリパリにはならない。どうしてなの?

ベトナムへ、また行くしかない。行って、今度はちゃんと作り方を見てこよう。それに、おいしいものがもっともっとたくさんあるに違いない。いろんなものを見て、いろいろなものを食べてこよう。近いうちにまた、ベトナムへ行こう。

こうして、人から呆れられるほど頻繁な私のベトナム通いが始まりました。

撮影/青砥茂樹

構成(書籍)/白江亜古

有元 葉子 料理家

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ありもと ようこ / Yoko Arimoto

編集者、専業主婦を経て、料理家に。料理教室やワークショップ等を提案する「A&CO」の主宰ほか、キッチンウエア「la base(ラ バーゼ)」シリーズのディレクター、イタリア産オリーブオイル「MARFUGA(マルフーガ)」の日本代理店主宰を務めるなど活躍は多岐にわたる。レシピ本をはじめ、食を通して暮らしや生き方を語ったエッセイなど著者は100冊以上に及ぶ。近年のベストセラーは『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(SBクリエイティブ)、『生活すること、生きること』(大和書房)ほか。

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