「陸軍の飛行場、アメリカ軍の通信所」だったのに、今や「発展しそうな駅1位」に。スマートシティに大変身した「柏の葉」発展の"実情"

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ららぽーと柏の葉
柏の葉スマートシティの暮らしを支える「ららぽーと柏の葉」(筆者撮影)
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乗り間違えた快走電車の車窓から、柏の葉のタワマン群を眺めた。
隣駅の流山おおたかの森の指針は「都心から一番近い森のまち」。駅前にはマンションが乱立しているがいずれも地上15階建て程度で、実はそこまで高くない。その一方で、柏の葉のタワマンは高く、駅に密集している印象を受ける。
だが、それは決して下品な印象ではない。むしろ、「柏の葉国際キャンパスタウン構想」の名の通り、先進的な印象を受ける――。
さまざまな街にある商業施設を、「どのようにして街を変えたか」という観点からレポートする本連載。今回は「柏の葉キャンパス」周辺を歩く。

前編では、つくばエクスプレスの隣駅である流山おおたかの森と比較しながら、柏の葉の街を紹介した。

全国的にも知名度が上がっている流山おおたかの森に比べれば、どこか控えめなイメージのある「柏の葉」だが、「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」の「街が発展しそうだと思う駅」ランキングでは、柏の葉キャンパス駅が1位に輝くなど、数年後には全国的に知られる存在になっている可能性が高い。

そんな柏の葉では三井不動産が「ららぽーと柏の葉」をはじめ、街一体を開発し、公・民・学連携で「柏の葉スマートシティ」の街づくりを進めている。

なぜ、この地にスマートシティがつくられることになったのか。柏の葉の歴史をたどっていく。

柏の葉の地は「軍」とともにあった

柏の葉の歴史は、「軍」とともに語られる。江戸時代には、幕府の軍馬を養生する放牧場が広がっていた。

戦前の1938(昭和13)年になると、首都防空のための「陸軍柏飛行場」が建設。1945(昭和20)年に敗戦すると、「陸軍柏飛行場」は食糧増産のための緊急開拓地となり、農地へ転換された。作物が育ちにくい土地でありながら、農民たちは懸命に作業を続けていた。

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