「日本のどこに留学してるの?」と聞いたら、運転手は「知らん」とつれない。東京とか大阪のような大都市じゃないかもしれないな、と思っていると、彼は「俺はロシア留学を勧めたんだけど」と話し始めた。
「数十年前に、隣にオロス族の一家が引っ越してきてね。しばらく経つと近所がオロス族だらけになったんだ。それで俺も自然にロシア語を覚え、今じゃロシアびいきさ。だから娘にロシア留学を勧めたけど、アニメやゲームが好きで絶対日本に行くって譲らなかったんだよ」
運転手はそう説明すると、いくつかの日常ロシア会話を披露してくれた。一つもわからなかったが……。
あとから調べてみた。オロス族は中国の少数民族の一つで、ロシア革命や飢饉を機にロシアから避難してきた人々の子孫だという。
筆者はかつて中国の少数民族向けの大学に勤めていたので、そういう民族がいることは把握していた。だが新疆ウイグル自治区の少数民族といえばウイグル族やカザフ族、回族のイメージが強かったので、オロス族の3分の1が同自治区に住んでいることは初めて知った。
ここはやっぱりシルクロードの結節点なんだなあ。
運転手との会話から見えてきた「世界」
運転手に「ウルムチの次はどこに行くの」と聞かれて、トルコと答えた。本当はジョージアだけど、中国語で何というかとっさに出てこなかった。
「トルコか。俺はトルコ語も少し話せるよ。ウイグル語とトルコ語はもともとが一緒だから。たとえば、1から10はトルコ語でこういうんだ」
即席ロシア語講座に続き、即席トルコ語講座が始まった。
これも後から調べてわかったことだが、ウイグル語とトルコ語は同じトルコ語系に属しており、共通点が多いそうだ。
国境近くの地域に住んでいたり、公用語と準公用語を複数持つ国に暮らす人たちは、エリート層でなくても簡単な日常会話なら複数の言語を話せることが多い。
海に囲まれている島国の日本人としてはうらやましいけど、複数の言語を自然に習得する環境ってのは、侵略や紛争のリスクとも背中合わせの中で生きているということだ。世界一周の中で徐々にわかったことでもある。
話しているうちにあっという間に目的地に着いた。

「今は寒いけど、6月ごろから暖かくなって観光客で大にぎわいになるよ。ここは夜がにぎやかな街だから、今度はゆっくりおいでよ」
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