「イノベーション」という言葉は死語にすべき 「内田樹×白井聡」緊急トークイベント<前編>

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内田:真にイノベーティブな活動というのは、それ以前に存在した仕組みを根本から変えてしまい、それまでの仕組みで受益していた人々を失業させるようなものです。自分のポジションが安泰である範囲でのイノベーションションというのは形容矛盾です。イノベーションは管理してできるものではありません。ほんとうにそれを望むなら、何よりもまず知的生産の場の自由を担保することを考えるべきなのです。

大学というのは本来、教師も学生も言葉は悪いけれど「放し飼い」にしておくところです。何をやっているのかわからない怪しげな「マッドサイエンティスト」が右往左往することが許される環境でなければ、知的創造は果たせない。

そういう怪しい研究者が、時々、大化けする。ただし、時々です。「化ける」のは10人のうちせいぜい1人ぐらいで、あとの9人は結局、定年までただの無駄飯食いで、何のイノベーションも果たせなかったりする。でも、それぐらいの歩留まりは勘定に入れなければ、イノベーションなんかできません。

もっと確率が低くて、「化ける」のがマッドサイエンティスト100人当たり1人とか、1000人に1人であったとしても、それでもそろばんは合うんです。

というのは、「化ける」というのは化学反応だからです。変な人がひとりだけいてもダメなんです。たまたま横を通りかかった別のマッドサイエンティストとの間でババっと火花が散って、いきなり「化ける」。キャンパスというのは、本当はそういう「出来事」のための場だと思うんですよ。

知性は集団で機能する

白井 聡(しらい さとし)/1977年生まれ。政治学者。京都精華大学人文学部専任講師。著書に『未完のレーニン』(講談社選書メチエ)、『永続敗戦論』(太田出版)、『「戦後」の墓碑銘』(金曜日)などがある。

白井:大学というのは本来、協働して知の発展を作り出していく場なんですよね。ところが先ほど内田さんがおっしゃった株式会社化が進んでいくと、研究者や教員のメンタリティも変わっていくわけです。「教員間で業績競争をやれ」ということになって、個人のパフォーマンスだけが大事になっていく。そうなると、「アイデアをパクられたらどうしよう」という恐怖にとらわれて、いいことを思いついても、うっかり人に言えないという雰囲気になってしまう。

内田:そうやって互いに刺激し合う空気が失われたことが、日本の知的な劣化の最大の原因だという気がします。

「知性は集団として機能するものである」と僕は思っています。イノベーションは化学反応なんです。だから、多様な素材が混在していることが必要なんです。集団としての達成という発想をしていれば、個々の研究者を単年度の業績でランク付けして差別化するとか、業績を点数化して教育資源を配分するとかいう発想が出てくるはずがない。そういうふうに格付けして、業績の高い研究者に資源を優先配分して、低い研究者には何も与えないというやり方が合理的だと思っている人たちは、教育や研究の本質について何もわかっていないと思います。研究は個人でやるものじゃない。そのことがわからないんですね。

白井:実は同じことは、研究以外の一般の労働についても当てはまるのですよね。ディヴィッド・グレーバーというイギリス出身のアナキストの人類学者がいますが、彼が言うには、アナキズムが強調する人間の協働性みたいなものは、実にありふれたもので、つねにすでに働いているのだと。

たとえば、会社であれどこであれ、「ちょっとそれ取ってよ」と言ったときに「取ってやってもいいけど、その見返りにあなたは私に何をしてくれるのかね?」と言うやつはいないだろう、と。人が空間を共有した瞬間に、協働性は自然に発生してしまうものなのだ、と。これがコミュニズムのベースだというのです。だから実は、バリバリの利潤追求をやっている企業でも、その動作原理は実際のところコミュニズムなんだと。逆に言えば、利潤の産出は、人間がつねにすでにやっているコミュニズム的実践という巨大な氷山の一角にすぎないわけです。

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